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【変わる知の拠点】

<第3部>揺らぐ司書像(1) 資格は必要?

もとは保育士だった指宿図書館の下吹越かおる館長

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 司書は図書館の運営に携わる専門家だ。しかし、その仕事の中身は意外に知られていない。行政から民間への委託が進み、雇用形態もさまざまだ。インターネットなどの影響で図書館のあり方が変わる中、司書の存在意義が問われている。「知の拠点」を守る専門家には、いま何が求められているのだろうか。

 九州の南端、鹿児島県指宿(いぶすき)市にある市立指宿図書館。九月初旬の残暑の中、館長の下吹越(しもひごし)かおるさん(51)が夕方六時すぎ、汗を拭いながら帰ってきた。「きょうも五時間みっちり講義で、くたびれました」。充実感に満ちた笑顔で話す。司書の資格を取得するために毎日、鹿児島国際大の夏期講習に通っている。

 JR指宿駅から徒歩三分ほど。ここは全国でも数少ないNPO法人が運営する図書館だ。「おはなしが好きで、子どもたちが好きな、普通の女性」たちが館を支える。

 約七年前、市が図書館への指定管理者制度の導入を決めた際、運営に名乗りを上げたのが、館で本の整理などのボランティア活動をしていた下吹越さんらの女性グループ「そらまめの会」だった。保育士や学校司書らでつくるNPO法人で、現在八人のスタッフがこの図書館で働く。下吹越さんは、三人の子育ての傍ら続けていた保育士の仕事を辞め、図書館に関わるようになった。二年目からは館長を務める。

 「ここの図書館は当時、あまりに残念な状態だったんです」。蔵書管理が電算化されておらず、貸し出しの問い合わせにも、明快な返答が得られない。過去に購入した本や寄贈を受けた資料の一部は、整理もされないまま。本来は閲覧スペースとして作られた部屋が物置と化していた。

 蔵書の管理は図書館の最も基本的な仕事。絶えず新しい本を入れ、書庫に入りきらない分は、優先順位を付けながら処分していく必要もある。だが新しい本を前例に倣って買うだけで、それを処分する作業が遅々として進んでいなかったのだ。「八万冊が適切だといわれる規模ですが、十一万冊の本がありました」

 なぜ、そんな状態が続いたのか。「図書館のプロと呼べる人がいなかったんですね」

 図書館法では、司書について<図書館に置かれる専門的職員を司書及び司書補と称する>とあるが、一方で、司書の資格を図書館で働く必須の条件とは規定していない。資格がなければ従事できない医師や弁護士、教諭などと比べ、その位置付けはあいまいだ。

指宿図書館の新着図書コーナー。書店のポップのような紹介コメントが添えられている=鹿児島県指宿市で

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 指宿では、市の一般職員が、人事異動の一環として、数年間ずつ在籍する状態が二十年以上続いた。専門職の集団とはとてもいえず、司書が配置されても、状況を変える前に次の異動となる。「きちんとした理論とそれに基づく制度がなければ、本の管理も難しいものです。この会にも司書がいますが、トップに立つ者が理論をもとに実務にあたる必要があると感じ、講習に行くことにしました」

 下吹越さんの受ける司書講習は二カ月間。週六日で「図書館制度論」など二十八単位を取得すれば、資格が得られる。だが、図書館で働く必須の条件ではないとすると、取得することで変わるものは何だろう。「実践で知っていたことに、理論の裏付けを得られることが大きい。図書館でのサービスの法的な根拠を成り立ちや背景まで含めて知っている。それこそが専門家だと、私は思います」

 専門家の存在意義が問われた例が、松江市などであった漫画『はだしのゲン』の閲覧制限の問題だ。「図書館は市民の知る権利を保障する場所。本を引っ込めるとしたら、何らかの根拠が必要です。理論を持つ本当のプロが、果たしていたのでしょうか」

 指宿のようなNPO法人による運営について、図書館に詳しいコンサルタント「アカデミック・リソース・ガイド」の岡本真さん(40)は「地域で生活する方々が、職住接近の運命共同体的な組織を結成し、図書館経営に携わるケースは、じんわりと増えています。今後の司書のあり方を考える時、重要な視点になるでしょう」と話す。

 指宿図書館は、この六年ちょっとで、資料が整理された以外にも、さまざまなところが変わった。新着図書のコーナーには、書店の手書きポップのように職員のお勧めコメントが書かれたカードが並ぶ。蔵書は一般的な分類に従って並べるだけではなく、利用者の館内での動きを考えて配置されるなど、小さな工夫の積み重ねが特色を生んでいる。電算化が進み、インターネットの無線LANも備える。

 「図書館はそもそも無料の原則がある。利潤を追求しなくてはならない営利企業よりも、NPOは運営に向いていると思う。職員の給与の維持は大きな課題ですが」と下吹越さん。自治体の財源は厳しさが続き、市からの委託料が増える見込みは薄い。「インターネットで寄付を募るなど、地域とのつながりの中で独自の収入を確保する方法も考えていきたいですね」

 「図書館の専門家」と呼べる人が、ここで育っている。(中村陽子)

 

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