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【二月二十一日 ある死刑囚の記録】

(12)左腕に残る感触自問

恵喜が移管された名古屋拘置所。独居房に入り、独りの時間が増えた=名古屋市東区で

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 左腕で首を絞めていた。はっきりとした感触がある。覚えのある感触だ。なのに相手が分からない。いったい、だれを…。

 ハッと目が覚めた。目が覚めたはずなのに背後からこんな声がした。「あんたは神様に救われるかもしれないが、殺された私はどうなるんだ」

 自らの手で絞殺したスナックママ、千葉春江(61)。その夫に殴られるという前代未聞の名古屋地裁での初公判から二カ月余り。二〇〇二年、うだるような猛暑の八月初め、武藤恵喜(ぶとうけいき)は牧師の戸田裕への手紙で忘れられない一夜の夢を打ち明け、こうつづった。

 「あの首を絞めた時の感触は、この先どのくらい生きれるかわかりませんが、死ぬまで背負って行く事が被害者への償いと思っています」

 恵喜はこのころ、一連の取り調べが終わり、名古屋・中署から名古屋拘置所へと移管されていた。長い髪を短く切りそろえ、十階の広さ四畳、独居房での暮らし。独りの時間、何を思い、すごしたか。「死んで償いたい」。戸田との面会や手紙で繰り返した言葉を使わなくなる。

 代わりにこんなことを書く。日付は八月十日。「逮捕直後は極刑で楽になりたいという気持ちが強かったが、今は、何とかして生きて出て教会で神に感謝の祈りをささげたい」

 やがて夏が過ぎ、十月八日、四回目の公判だった。

 恵喜は弁護士に相談もせず、法廷で突如、それまでの発言を翻す。「被害者を殺した後に金を奪うことを考えた」。死刑の可能性が高まる強盗殺人ではなく、殺人だという主張だ。逮捕から一週間後には強殺を認めたはずが「夜遅くまでの取り調べが続き、もうどうでもいいと思った」と説明した。

 その半面、長野と名古屋、二度の人殺しの手口が酷似している点を検事に問われ、こう答える。「まるっきり同じことをしたということは、またあるんかなという気持ちを持っていることは確かです」

 刑を軽くしようとしながら、再犯の可能性に言い及ぶ−。ある意味、支離滅裂。ただ、ひとつ確実なことは、この後、恵喜は「生きたい」という願いを強めていく。 (敬称略)

 

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