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【二月二十一日 ある死刑囚の記録】

(14)一審「無期」判決に安堵

一審で無期懲役を宣告された恵喜は弁護士の勧めで控訴する(写真はイメージ)=名古屋市天白区の名城大で

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 二〇〇三年五月十五日、名古屋地裁九階の九〇三号法廷。「助かりたい」。武藤恵喜(ぶとうけいき)は不安におびえていた。「死刑はない」と高をくくっていたはずが、いざ証言台に立つと「万が一…」の恐れがどうしようもなくあふれてくる。

 もしも「死刑」ならば大抵、主文は後回しにされるのだが、三人いる裁判官の真ん中、黒い法服を着た裁判長、伊藤新一郎はいきなり宣告する。

 「被告人を無期懲役に処する」−。

 恵喜は後に牧師の戸田裕への手紙で判決直前の不安と直後の安堵(あんど)の気持ちをつづった。「もう少し生きながらえることができそうです」

 一年余り前、名古屋・栄のスナックでママ千葉春江(61)を絞殺し、八千円を奪った恵喜。裁判の途中「殺した後で金を奪うことを考えた」といい、いったんは認めていた金目当ての強盗殺人を否定する。

 判決で伊藤は恵喜のそんな態度や、長野での一人目の殺人にも触れ「反省、悔悟の情に乏しい。再犯の可能性を否定しがたい」「極刑も考えられる」と断罪した。ただ、現場にあったカラオケのマイクコードで首を絞めた手口に計画性は認めず、命を奪う「究極の刑罰」に決めるには「疑いが残る」と語った。

 伊藤は今、六十六歳。一二年秋、定年を迎え、法服を脱いだ。四十年近くの裁判官生活で死刑の判決文を書いたことは一度もない。伊藤は恵喜の裁判に関して「判決文がすべて」と口を閉ざすが、一般論として言う。「裁判は被告人が社会に戻るための出発点。閻魔(えんま)さまに極楽か地獄行きかどうか印鑑をもらう所ではない。自分で考えてもらう手続きが大事だ」

 恵喜への判決の言い渡しは「終生、贖罪(しょくざい)に当たらせることが相当である」と結んで終わる。

 殺された春江の事実婚の夫で、初公判のとき、恵喜に殴りかかった須藤正夫(仮名)は、傍聴席で身を震わせた。「こんなもんか…」。恵喜だけでなく、伊藤への怒りで、だった。

 弁護士の勧めもあってか、恵喜は有期刑への減軽を求めて控訴する。どの道、その二日後には検察も。正夫は担当検事の言葉を今も覚えている。「絶対に死刑にしてみせます」 (敬称略)

 

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