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【二月二十一日 ある死刑囚の記録】

(42)望んだ結末なのに

千葉春江は今、故郷の寺で眠る=群馬県桐生市で

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 加納恵喜(けいき)の刑が執行された二〇一三年二月二十一日。須藤正夫(74)=仮名=は、それを知り、何を感じたか、よく覚えていないという。

 〇二年三月、恵喜がその人生で手にかけた二人目の犠牲者、名古屋のスナックママ、千葉春江。籍こそ入れていなかったが、二十年以上、夫婦として連れ添ったのが正夫だ。現場に駆け付け、変わり果てた女房を目の当たりにした。事件から二カ月後の初公判では傍聴席から恵喜に殴りかかった。恵喜の死刑が確定した七年前、春江が眠る故郷、群馬県の寺へ出かけ、墓前に報告もしている。ようやく迎えた望み通りの結末、「死」−。

 その日、夕刻に立ち寄った料理屋かどこかで、ふと手に取った夕刊の、白抜き見出しが目に飛び込んだ。「3人の死刑執行」「栄のスナック強殺」。自宅に戻り、コンビニで買い込んだ何紙かの記事をハサミで切り抜きした。うれしかったのか、満足したのか、それとも…。「おれの方が先に死なんかったな」。うっすら、そんなことが頭をよぎった気はする。

 恵喜が獄中で記した多くの手紙やはがきの中で、正夫に宛てたのはたった一通しかない。正夫は鼻をかんで捨てた。恵喜は養子縁組した母、真智子(仮名)に促され、春江の妹へ手紙を書いたこともあるが、真智子が病で倒れたこともあり、出すことはなかった。

 「死刑で当然」。今も正夫の考えに変わりはない。女房の命を奪い、まともに反省したとも思えない。ただ、近ごろは怒り続けることに少し疲れた。「振り返るのがつらい」

 春江が死に、二人の娘も独立した。二階建てのがらんとした家での一人暮らし。ほそぼそと金融の仕事を続けているが、人と会う機会も減った。足腰が衰えぬよう、昼前に散歩するのが日課だ。春江の妹もまた、知人によると「もう忘れたい」と言い、事件を振り返ろうとしない。恵喜の執行は半年以上たってから、知ったという。

 「春江というかけがえのない一人が殺されたことがすべて。何があっても今さら、それは変わらん」と正夫。散歩コースの公園で、同じ年ごろの夫婦が散歩したり、孫を連れているのをよく見かける。たまらなく寂しい。恵喜の死がそれを埋めてくれることはない。 (敬称略)

 

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