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【憲法と、】

第1部 50年代の攻防<4> 学者の気骨 政府の「調査会」に対抗

憲法問題研究会の書記を務めた当時を振り返る池田政章=東京都練馬区で(樋口薫撮影)

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 「日本一忙しいホール」と言われた東京・後楽園駅近くの文京公会堂は、約二千人の定員が毎年ぎっしりと埋まった。学者による護憲団体「憲法問題研究会」が、憲法記念日に開く講演会。中央大の法学生だった高見勝利(68)=上智大教授=も、一九六四年の入学から四年間通い詰めた。

 「民法の父」と呼ばれた我妻栄(わがつまさかえ)、多くの憲法学者を育成した宮沢俊義ら法学の大御所から、政治、経済、文学、理系まで。当代きっての知識人が結集した。憲法学の道に進んだ高見は「当時は知識人が社会をリードする最後の時代。きら星のように輝いて見えた」と振り返る。

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 研究会が対抗したのが、岸信介内閣が五七年に設置した議員と学識者による「憲法調査会」だった。改憲に必要な議席の獲得に失敗した保守勢力は調査会に改憲案を出させ、地固めを図ろうとした。

 そのもくろみは出だしからつまずいた。社会党とともに護憲派の大物法学者らがこぞって不参加を表明。焦った岸は、東大で首席を競った旧知の我妻に、調査会入りを頼んだ。だが「政府の人選では望む研究ができない」と固辞された。

 我妻らの研究会で書記を務めた憲法学者池田政章(87)=立教大名誉教授=によると、毎月の勉強会では政府の調査会の動向を気にかけ、改正案が出た時に備え、九条が集中討議された。

 最も熱を帯びたのは、六〇年の安保改定の時。会として抗議行動をすることに慎重な意見も出たが、政治学者の丸山真男が「戦争までの学者のあり方を考え、社会にそれを生かそう」と熱弁を振るい、声明を出した。池田は「戦争を止められなかった自責の念が、会を突き動かしていた。運命共同体のような感じがあった」と証言する。

 政府の調査会の報告書が出たのは六四年七月。賛否両論を併記し、結論は出さなかった。会長の法学者高柳賢三は「改憲派の多い偏った構成で多数決を取っても、世間の物笑いになるだけ」と説明。「研究会の無形の圧力を感じていたはず」と池田は推し量る。

 安保闘争の手痛い教訓を経て、首相池田勇人は「憲法改正は考えない」と明言していた。高柳は「九条は政治的宣言であり、自衛隊などの問題は社会の実情に照らし、政策的に判断するべきだ」と提唱。その後の政権が選択した「解釈改憲」路線を支えることになる。

 改憲派は失望した。調査会の資料作りに加わった小林昭三(86)=早稲田大名誉教授=は、報告書が発表された時の心境を「玉音放送の時に近い」と明かす。「改憲の世論喚起のために作られた調査会が、改憲派の息の根を止めた。こんな皮肉はない」

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 憲法学者小林直樹(91)=東大名誉教授=は、五〇年代の論争を「改憲派と護憲派の対立がクリアで、生々しい時代だった」と振り返る。学徒動員も経験した研究者の目には今の状況が「危険」に映る。「緊張関係が後退し、何となく憲法が変えられようとしている。もっともっと議論があってしかるべきだ」

  =敬称略、おわり

 (この企画は樋口薫、大平樹が担当しました)

◆2013年の窓

 政府の憲法調査会は二〇〇〇年、約四十年ぶりに、衆参両院に設置された。〇五年四月の衆院調査会の報告書では、九条改正を多数意見として打ち出し、現在は後継の憲法審査会が活動している。学識者は参加せず、全委員が国会議員。

 一九五〇年代の調査会設置時の国会討論を著作にまとめた、ノンフィクション作家保阪正康さんは「憲法は『戦争はこりごり』という当時の空気を代弁している。史実を検証し、戦争体験者の感情を理解することが、改憲を論じるための資格だ」と語る。

 <憲法問題研究会> 1958年、経済学者の大内兵衛、法学者の我妻栄、ノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹らが呼びかけ、一線級の学者約50人で結成した。関東と関西に分かれ、76年の解散まで毎月の勉強会と年1回の講演会を開催。月刊誌「世界」などで成果を発表し、当時の知識層や学生らに影響を与えた。主な会員は政治学の南原繁、丸山真男、歴史学の家永三郎、文学の中野好夫、竹内好、哲学の久野収ら。既に全員死亡している。

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「憲法と、」は大幅加筆の上、岩波書店から単行本「憲法と、生きる」(1800円+税)として出版されています。

 

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