東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > アーカイブ2015 > 戦後70年

ここから本文

【戦後70年】

記事一覧

 日本国憲法は3日、施行69年を迎えました。集団的自衛権の行使を容認した安全保障関連法が3月に施行され、憲法の平和主義の理念は揺らいでいます。その憲法はどのような経緯で作られ、戦後を生きる私たちの中にどう根付いてきたのでしょうか。憲法の制定過程を研究する古関彰一さん(72)と、「日本国憲法」という22分に及ぶ曲を作ったヒップホップ(注1)ミュージシャンのShing02(シンゴツー)さん(40)の対談を通して、一緒に考えてみませんか。(2016年5月3日) [→記事全文へ]

 
記事一覧

 昭和の戦争指導者を断罪した東京裁判は、戦後の社会にどのような影響を与えたのか。評価が分かれる「戦勝国の裁き」について、作家半藤一利氏(85)とノンフィクション作家保阪正康氏(75)は本紙の対談で、批判を超えた意義を見いだすべきだとの意見で一致しました。(2015年11月29日) [→記事全文へ]

 
写真

 二十三日に八十二歳の誕生日を迎えられる天皇陛下は長年、沖縄への慰霊を続けてきた。沖縄では「天皇」という存在に、県民の四人に一人が亡くなった地上戦の残像が重なる。戦争体験者の相克は今も続くが、激戦下の犠牲を問い続けるそれぞれの「戦後」は重なり合う。(2015年12月20日) [→記事全文へ]

[写真]

「あの時代を問い続けることが使命」と話す、対馬丸事件の生存者の平良啓子さん=沖縄県大宜味村で

 
写真

 一九四五(昭和二十)年七月、敗色が濃くなる中、国民の生活は限界に近づいていた。同月三日、政府は主食の配給を一人一日あたり二合三勺(しゃく)(三百三十グラム)から一割減らし、二合一勺(約三百グラム)にすると決めた。飢餓が迫っていた。(2015年7月23日) [→記事全文へ]

[写真]

「かゆもイモが入っていればいい方だった」と振り返る千葉県松戸市原爆被爆者の会会長の生島渉さんと当時の東京新聞紙面(コラージュ)

 

PR情報