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【背信の根 検証・森友問題】

(6)首相を称賛、一転恨み節 籠池被告「国民黙らせ私も切り捨て」

籠池運輸の船が出入りしていた東浜港。かつては地元の人々から「カゴイケ」と呼ばれていたという=高松市で

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 瀬戸内海を望む高松市の港町。森友学園前理事長の籠池(かごいけ)泰典被告(65)の生家は、海陸運業の「籠池運輸」を営んでいた。かつての生家の近くで酒店を営む宮川義光さん(73)は「ここらじゃ相当有名な家だったよ。玄関に白黒テレビがおいてあって近所の連中が見に来ていた」と振り返る。

 創業者は高松市議も務めた祖父の故・幸太郎氏。宮川さんは幸太郎氏が羽織はかまで馬に乗り、神社の秋祭りに向かう姿を覚えている。「私も馬に乗せられた。初孫だったので非常にかわいがってもらった」。五月下旬の保釈後、本紙の電話取材に応じた籠池被告は昔を懐かしんで話した。

 籠池運輸は鉄や大豆を離島の豊島(てしま)や小豆島に運び、東浜港に届いた荷物を市内各地に届けていた。地元の人が港を「カゴイケ」と呼ぶほど隆盛したが、一九六〇年代には斜陽になったという。今は港町にその名を残すものはない。

 籠池被告は関西大を卒業後、七七年に奈良県庁に入庁したが、八四年に退職した。五〇年から幼稚園を経営していた義父が九五年に死去したのを受け、理事長に就いた。

 「自分の思う教育は何だったかと振り返ったとき、すべてが教育勅語につながっていた。夫婦相和し、兄弟同士仲良くとか、当たり前のことだけど」と籠池被告は話した。園児に戦前の教育勅語を暗唱させ、運動会では「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心を改め−」「安倍首相頑張れ。安保法制国会通過良かったです」と選手宣誓させていた。

 二〇一五年二月、大阪府庁。籠池被告は国有地に建設を目指した小学校の開校記者会見を開いたが、用意した文書には安倍政権を称賛する記述があった。

 「わが自民党安倍政権によって道徳という名前で修身は復活した」。一八年度からの道徳の教科化を称賛していた。また、一四年に教育勅語の原本が確認された際、当時の下村博文文科相が「至極まっとうなことが書かれていると思う」と語ったことを紹介。「安倍政権の英断に留飲の下がる思いがした」と記した。

 安倍晋三首相(63)は国会で籠池被告との関係を「一対一や少人数で会ったことはない。個人的な関係は全くない」と否定したが、小学校の名誉校長に就いていた妻の昭恵氏(56)から「教育に対する熱意はすばらしいと聞いている」と説明した。昭恵氏は籠池被告の考えに共鳴していた。

 以前は首相の支持者で、国有地の取得交渉では昭恵氏の存在を再三誇示した籠池被告。問題発覚後は批判に転じ、電話口では恨み節が漏れた。

 「安倍首相はかつては日本国民のために、日本国を元の素晴らしい国にしたいという雰囲気を持っていた。しかし、ちょっと違うのかなと。国民を黙らせている感じ。私も切り捨てごめんにされた感じだ」

 問題が発覚しなければ、愛国教育を前面に掲げ、首相夫人が名誉校長を務める小学校が誕生していた。

(2018年7月4日)

 

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