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【権力の内幕 検証・加計疑惑】

第1部(1)悲願の裏に「首相案件」 腹心の友 蜜月40年

岡山理科大獣医学部の入学式であいさつする加計孝太郎理事長=愛媛県今治市で

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 「いろいろご心配をおかけしたが、予想をはるかに上回る志願者が集まった」

 瀬戸内海の潮風が穏やかな四月三日、愛媛県今治市の丘陵に開学した岡山理科大獣医学部の入学式があった。運営する学校法人「加計(かけ)学園」理事長・加計孝太郎(67)は壇上の金びょうぶの前で胸を張った。

 式を終えて出てきた百八十六人の新入生の中には、高揚と不安が入り交じった女子学生(18)もいた。

 「動物園で働くのが夢。でも、あの獣医学部なの?って言われるかも」

 この一カ月ほど前、本紙取材班は獣医学部開学にまつわる県作成の一通の内部文書を入手していた。

 「要請の内容は総理官邸から聞いている」

 「かなりチャンスがあると思っていただいてよい」

 開学三年前の二〇一五年四月二日、内閣府地方創生推進室。学園や県の幹部らが次長の藤原豊(54)=現経済産業省貿易経済協力局審議官=から、「国家戦略特区の手法を使って突破口を開きたい」と獣医学部新設の秘策を聞いた様子が生々しく記されてあった。

 「本件は首相案件」。引き続き官邸で面会した首相秘書官の柳瀬唯夫(56)=現経済産業審議官=からも強力な後ろ盾を得ていた。

 「やはり加計ありきだったのか」。取材班は二人の出勤時などに疑問をぶつけたが、柳瀬は「覚えてない」と繰り返し、藤原は「内閣府に聞いて」の一点張りだった。

 加計には三月下旬、岡山市での岡山理科大の卒業式後に質問しようとしたが、職員に阻まれた。今治市での入学式の取材は、地元の記者クラブに限定され、質問の機会を得られなかった。

 加計が獣医学部新設に動きだしてから十年余り。悲願が実現する大きな要因となったのは、加計を「腹心の友」と呼ぶ首相の安倍晋三(63)が、政権に返り咲いてすぐに導入した国家戦略特区制度だった。

安倍晋三首相の妻昭恵氏が2015年12月に投稿した首相(右から2人目)と加計孝太郎氏(左端)、増岡聡一郎氏(右端)らの写真=一部画像処理

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◆米留学で出会い「晋ちゃん」「加計さん」

 ワイングラスを手に、男たちがソファでくつろぎ笑みを浮かべる。

 東京駅八重洲口にほど近い「鉄鋼ビルディング」四階の会員制ラウンジ。二〇一五年十二月二十四日夜、首相夫人の安倍昭恵(56)が自身のフェイスブックに一枚の写真を発信した。付けたコメントは「クリスマスイブ。男たちの悪巧み」。そこには夫で首相の安倍晋三(63)と三学年上の加計(かけ)学園理事長、加計孝太郎(67)らがいた。

 「二人は互いに『晋ちゃん、加計さん』と呼び合う仲。二人とも、よく駄じゃれを言うんですよ」。集まりを主催した同ビル専務の増岡聡一郎(55)は二人の親密ぶりを口にしながらも、「これはビルの竣工(しゅんこう)祝いの会。悪巧みどころか、加計学園の獣医学部の話は一度も出なかった」と話す。

 一二年のクリスマスイブも、二人は都内の飲食店で昭恵らとともにテーブルを囲んだ。この八日前に行われた衆院選で、自民党は三百近い議席を獲得して政権を奪還。党総裁の安倍の首相返り咲きが確実視され、店の前には大勢の報道陣が待っていた。参加者全員の飲食代を店に支払ったのは加計側だった。

 二人の出会いは約四十年前の米国留学時代にさかのぼる。安倍は成蹊大を卒業後、米ロサンゼルスにある南カリフォルニア大で学んだ。当時の日本人留学生は数十人。同じ頃、牛丼チェーン吉野家の社費留学生だった西洋フード・コンパスグループ会長の幸島武(64)が回想する。

 「国会議員や大企業の役員の子どもばかりで、外車で通学する人も多かった。日本人学生同士でゴルフをすることがはやり、安倍さんともラウンドを回った」。ロス近郊の語学学校で学んでいた加計も後年、安倍とゴルフを楽しんだ思い出を経済紙に寄稿している。

 二人は帰国後、先代の敷いたレールに乗る。

 祖父の岸信介は元首相、父晋太郎は元外相という安倍は、父の秘書を経て国政入りすると出世の階段を上り、五十一歳で小泉純一郎政権の官房長官に抜擢(ばってき)された。一方の加計は、一代で学園を中国・四国有数の私学グループに発展させた父、勉(〇八年死去)を支え、〇一年に理事長を引き継いだ。

 帰国後も二人の関係が途切れることはなかった。ゴルフ仲間にとどまらず、安倍は一時、学園の役員を務め、年十四万円の報酬を得ていた。学園関係者は「二人の仲は学内で半ば公然の事実だった」と話す。

 年に二度、留学経験者が集う同窓会「アメリカ会」に、安倍は今もお忍びで顔を出す。「異国で暮らした心細さもあり、あの時の学友は特別な存在だ」。幸島は安倍と加計の蜜月ぶりをそう推し量る。

 出会いから約三十年。五十二歳になった安倍は〇六年九月、戦後最年少で首相の座を射止めた。同じ年、加計は獣医学部開設という野心に火が付いた。(敬称略、肩書は当時。この連載は、中沢誠、池田悌一、池内琢、井上靖史、中野祐紀、伊藤隆平、小坂亮太が担当します)

(2018年8月14日)

 

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