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【社会】

変わる現場、めぐる思い 府中3億円事件50年

 東京都府中市で白バイ警官を装った男が、大量の現金を輸送車ごと奪い去った「3億円事件」から、10日で50年となる。被害額は現在の価値で20億円に相当するともいわれ、犯罪史に残る未解決事件として知られる。時代は流れ、現場の風景は様変わりしたが、事件は多くの人の記憶に残り続けている。 (松村裕子、服部展和)

 「あの辺だ」。府中刑務所北側の通りで、当時はガソリンスタンドを経営していた松村昭彦(てるひこ)さん(86)が現場を指さした。事件の二カ月前に「これからは車が増える」と見込み、通り沿いに店を開いたばかりだった。雨の朝に事件が起きた。

 一九六八年十二月十日午前九時二十分ごろ、日本信託(現・三菱UFJ信託)銀行国分寺支店の現金輸送車を、白バイ警官を装った男が止めた。「爆弾が仕掛けられている」と偽って車の下に潜り、発炎筒をたき、銀行員ら四人を遠ざけると、輸送車を運転して逃走した。東京芝浦電気(現・東芝)府中工場の従業員四千五百二十五人分のボーナス約三億円が奪われた。

 被害に遭った銀行員が松村さんの店に飛び込み、電話を借りて銀行に一報を入れた。それからは連日、捜査員が店を訪れ、従業員に「犯人に結び付くような知人がいないか」と尋ね、顧客にも「事件を目撃したか」と聞き込んだ。店は数カ月にわたり、捜査員の待機場所のようになった。

 近くで青果店を営む工藤竹治(たけじ)さん(81)は当日、仕入れから戻り、しばらく後で被害額を聞いて「すごい」と驚いた。寒い中、何度も店に聞き込みに来た捜査員に、温かいお茶を出したことを覚えている。

 警視庁は府中署に捜査本部を設置。延べ十七万人余りの捜査員を投入したが、七五年に刑事上の時効が成立。八八年に民事上の時効も成立した。

 事件後、松村さんの予想通り、車社会が到来して店は繁盛したが、競争相手が増え、見切りを付けた。今は跡地にマンションが立つ。工藤さんは今も家族で店を営むが、畑や空き地ばかりだった周辺は宅地となり、風景は大きく変わった。現場の歩道は広がり、刑務所の塀も造り替えられた。改めて現場を歩いた松村さんが、つぶやいた。

 「犯人は今ごろ、何をしているのかね」

◆「想像を刺激」 モチーフ作品数々

 大胆な手口、警察官姿のモンタージュ写真−。多くの人の記憶に残る三億円事件は、数々の小説や映画、テレビドラマのモチーフになってきた。

 事件から三十五年後を描いた映画「ロストクライム−閃光(せんこう)」(二〇一〇年)は、三億円事件の捜査にかかわった定年間近の刑事と若手刑事が、事件に絡む殺人事件を捜査するストーリー。監督を務めた伊藤俊也さん(81)は事件に創作意欲をかき立てられた一人だ。事件当時は東映大泉撮影所(練馬区)で働いていた。発炎筒を使った手口から、映画の小道具を作るような者が関わっていないかと、捜査員が撮影所を調べに来た。そのため「事件があったことはよく覚えている」という。事件が創作家らを引きつけるのは、未解明の部分が多く、さまざまな解釈が可能だからという。「想像を刺激する、尽きない泉のように、全く違う視点で描ける」と説明した。

 原作小説「閃光」を書いた作家永瀬隼介さん(58)は当時八歳。鹿児島県霧島市の自宅で、白黒テレビにくぎ付けになった記憶がある。「時効になっても五十年たっても、真相を知りたい。犯人の手記を読みたい。だから、犯人がどんな人物か、物書きなら書きたくなる」と語った。

◆現代なら解決できた

<世界被害者学会理事の諸沢英道・元常磐大学長の話> 初動捜査の遅れが致命的で、遺留品が100点以上あるのに、犯人にたどり着けなかった。科学捜査が進んだ現代なら解決できたはずだ。

 解決を望む声や未解決のまま時効となったことへの批判が少なかったのは、人的被害がなく、狙われたのが銀行や企業で、身近に感じる人が少なかったことも要因だろう。当時の社会は高度経済成長に浮き立つ一方で、学生運動や労働運動で混沌(こんとん)としていた。事件は、そんな時代の象徴として関心を集めた。

(東京新聞)

現場付近で事件の記憶をたどる松村昭彦さん(右)と工藤竹治さん=東京都府中市で(池田まみ撮影)

現場付近で事件の記憶をたどる松村昭彦さん(右)と工藤竹治さん=東京都府中市で(池田まみ撮影)
 

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