10代からの社会保障

<ロングインタビュー> 【奨学金】岩重佳治・弁護士

2016年6月22日

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◆「憲法の学ぶ権利 名ばかりの状況に」

◆平等原則からも許されない

 −奨学金問題対策全国会議の請願書に「日本学生支援機構の奨学金は、等しく教育を受ける権利(憲法26条1項)を支えるという本来の姿を失い、完全に教育ローン化している」との文言がある

 それはその通りです。憲法が、大学等の高等教育を受ける権利を、どのような形でどこまで保障しているかについては、一義的ではありませんが、少なくとも、お金の余裕のない家庭に育ったならば、大学に行くために多額の借金をしなければならない現状は、奨学金がその本来の目的を失っているといわざるを得ません。

 憲法は義務教育を無償にすると定めていますが、他方、国際人権規約には、高等教育を斬新的に無償化するという条項があり、日本はこれを受け入れています。請願書の表記はこれにも合致したものです。その請願書は何年か前のものではありますが、現在も活動の趣旨に変わりはありません。

 高等教育の漸進的無償化は、国際人権規約の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)13条2項に記されている。これを日本は以前は留保して受け入れてなかった。でも2012年に留保を撤回して受け入れました。

 高等教育を無償化するという国際人権規約の条項を受け入れたということは、それが国際公約になったということを意味します。だから国立大学の授業料が今度また上がろうとしている事態は、これに明らかに反します。漸進的というのは、国連の勧告によれば、「可能な限り迅速かつ効果的に」という意味であり、後退は許されません。

 憲法では、26条のほかにも、14条の平等原則が重要です。お金のない家庭に生まれたからといって多額の借金をしないと大学に行けないというのは平等原則の建前からも許されないと思います。

 −26条が空文化している?

 その通りだと思います。結局、いま大学生の2人に1人が何らかの奨学金を利用してますよね。いろんな自治体や大学の給付型の奨学金もなくはありませんが、ごく一部であり、でも日本ではほとんどは貸与です。ちなみに、諸外国では、貸与型のものはスチューデント・ローンと呼んで、奨学金とは言いません。そして、大学生の約4割が利用している日本学生支援機構の奨学金はすべて貸与です。これだけ学費が高くなってしまった上に、それを払えなければ借金をさせるということですよね。それがこれだけの人数になってきているというのは、やはり教育を受ける権利といっても名ばかりの状況になってきてしまっていることに間違いないと思います。

 大学だけではなくて、高校だってお金がかかるわけです。高校については支援制度ができていて、公立については授業料相当額が、私立についても公立と同じ授業料相当額は支援が受けられる制度になっていますが、かかるお金は授業料だけじゃなく、たくさんのお金がかかります。それがほとんど自己負担になっているというのは異常なことなのです。

 気をつけなければならないのは、このような問題の背景に極端な家族主義の意識があるということです。全部、家族に任せようという考え方です。たとえば、保育のような子育ての問題も然り。私たちの活動や主張にバッシングも強いのは根強い家族主義の考え方によるものだと思います。借りたものは返すべきだとか、お金がないんなら高校出て働けとか。でもそれって、教育の費用は家族で全部責任持てという話なんですよね。

 この極端な家族主義というのが、女性の貧困などの問題の背景にもあると思います。日本では、男性働き手モデルを前提に、家事、育児、教育、介護など、人が生きていくために大切な営みは、一手に女性に負わせてきました。そのため、女性は外の仕事でキャリアを築くことが男性よりも困難になっています。その結果、離婚や夫との死別などが、貧困に直結するという事態になっています。日本の社会保障が非常に脆弱なのは、この家族主義の裏返しで、社会全体で個人を支えるという考えが弱いことにあります。危険なのはいまの憲法改正論の中には、9条だけでなく、家族の問題も中心に据えようという動きがあることです。個人を社会全体で支えるのではなく、家族への負担を増やす方向に進めば、問題は更に深刻になります。

◆家族主義から脱却を

 −自民党の改憲草案で家族の助け合い義務化も明文化している。

 憲法というのは国を縛るのが本来の目的であり、国民に何かを求めることが中心であってはならないと思います。奨学金の問題にしろ、もともと家族主義的な社会保障というところから貧困が広がっている。保育分野でも介護の分野でも、皆がそれで苦しんでいます。その結果何が起こるかというと、苦しい人たちが互いにバッシングするという問題です。自分はこんなに頑張ってるんだから、怠けている者はけしからんとかね。奨学金も返せない額じゃないとか、どんな仕事でもすればいいとか。ひどいのは、勉強もできないのに学校行かなくていいとか。貧困など困難な環境で育つ子どもは、とても勉強できる環境にない方も多くいます。親のことを気遣って、自分のことどころじゃない。そうすれば、成績も伸びません。表面的な学校の成績が良い人だけが進学すればいいというのは暴論だと思います。

 人と人が、社会とのつながりを見失って、孤立化しているように感じます。困っている人同士のバッシングは、その裏返しではないでしょうか。大切なのは、今度の18歳選挙権とも関連しますが、若い皆さんが、助け合いとか連帯に基づく社会についての希望が持てるようにすることだと思います。私たちの世代は、今よりも社会というものが曲がりなりにも機能していたように思います。けれど今は皆がバラバラになって、社会とどうかかわっていいか分からない人が多くなっているように見えます。「助けて」と言えずに、自分の力だけで生きようとする若い方が増えているように感じるのは、とても気がかりです。でも、本当の自立というのは、自分で何でもやることではなくて、上手に助けを求めることだと思います。そういう意識がないと、ブラック企業やブラックバイトでも、耐えるのが当たり前だと思って我慢してしまいます。

 (競争原理が拡大した)構造改革路線で育った若い世代には、自己責任の意識が特に強い方が多いように思えて仕方ありません。ガンバレ、ガンバレ、と言い過ぎるのは、裏を返せば自己責任論につながります。そのような価値観が強い中で生き続けると、耐えることに必死になって、助けを求めることなどできなくなってしまいますよね。

 ですから、今回の選挙では「耐える力を変える力に!」というメッセージを伝えたいと思います。今回の選挙が、人を排除するのではなく、手を差し伸べて包み込む社会に向けたきっかけになってほしいと思います。学費などを、自分だけで負担するのは世界的にみれば異常なことだということも是非、知ってもらいたいと思います。

◇憲法26条2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。

◇憲法14条1項 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

◇社会権規約13条2項(c)高等教育は、すべての適当な方法により、特に無償教育の斬新的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。

<岩重佳治(いわしげ・よしはる)> 弁護士。返済困難の学生支援などに取り組む「奨学金問題対策全国会議」の事務局長。1959年生まれ。

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