10代からの社会保障

<ロングインタビュー> 【保育】小林美希・フリージャーナリスト

2016年6月22日

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◆「質の低い保育 親の雇用も奪う」

◆規制緩和で質低下

 待機児童問題がクローズアップされる中で、保育の質を問いにくいムードになるのは、非常に危険なことだと思います。子どもの育ちに大きく関わる保育の質は、保育所を増やす時に必ずセットで考えなくてはならない。保育の質の低下は2000年以降、保育所設置の規制緩和が進められる中で目立つようになりました。園庭がなくても良いということになったり、防火避難基準が緩められたり。保育士の配置基準も常勤でなくてはならなかったところが短時間働く非常勤も認められた。株式会社の参入も始まった。問題なのは、これらの規制緩和のほとんどが法改正を伴わず、厚生労働省の通知や通達1本で決められてきたことです。市民は議論に参加できなかった。「とにかく入れればいい」と質の部分を見逃せば、子どもの発達への影響は必ずあります。「この保育でいいのか」と疑問を持った母親たちは仕事を辞めていく。保育の質の低下は、親の雇用も奪っていく結果になりかねないのです。

 「こんな保育をしたいんじゃない」とやりがいを失い、辞めていく保育士も後を絶ちません。保育士が足りなければ保育所も開設できない。質の問題は、一番には子どものためだが、預ける親にとっても、働く保育士にとっても大事な問題で、きちんと担保すべきなのです。東京都が行った潜在保育士の調査では、どんな条件でも戻りたくないという人はわずか3.1%。働く時間帯や業務量、責任、待遇面など働く条件が合えば、戻って来る人がたくさんいるはずです。賃金アップが議論になっているが、そこだけを取り出すのではなく、保育士の配置基準もあらためて問わなくてはなりません。1人で20人をみるのと、2人でみるのは負担感や子どもの安全性が全然違う。特に、園庭がないような都心地域ほど、交通量も多く、公園に出たくても保育士の体制がぎりぎりだと危険で行けない、という現象が起きています。認可園で同じ保育料を払っているのに、一方には園庭があり、もう一方には園庭がないことで子どもの発達も変わってくるというのは、行政がただすべき不公平。ただ園庭がなくても良い、と規制を緩和するのは無責任で、人を配置して安全に見守りながら外に行ける環境を整えていかないと。

 「保育士が足りないのに配置基準を引き上げたら、保育所が開設できない」と議論がタブーになってしまっていますが、独自に保育士を国基準より多く配置したり、補助者を付けている自治体や保育所があるのは、国の最低基準では足りないから。人員体制を含めて改善するのは、予算がつけば可能。予算をそこに付けるかどうかは政治判断です。

 都内では4、5歳になってもブランコに1人で乗れないなど、発達への影響が如実に表れています。子どもの無表情が気になる園もある。日本は資源が乏しい中、人材に教育投資しなければ生き残れないと言いながら、最も大事な時期である乳幼児期がないがしろにされています。国の存続にかかわるくらい大きな問題。乳幼児期に適切な保育を受けられなかった子が、将来犯罪を起こす率が高いという調査もある。政治が誤った方向に進めば、5年後、10年後、何かの形でつけが回ってきて、問題が露呈してくるでしょう。

 小学校1年生の担任を経験した教員からは「きちんとした保育がされていない保育所や幼稚園から入学した児童は、大人を信用できず荒れている」という声も聞かれます。

 義務教育のように保育所に全員入れるようにする考え方もありだと思う。核家族化がこれだけ進み、寝る時間以外は母子2人きりという家庭が2割という調査もある。孤立化する母子が増えている社会では、保育所がある子育てを前提に組み立ててもいいくらいです。

◆格差拡大は行政に原因

 保育所問題を考える時には、親の働き方の問題も考える必要があります。育休は子どもと親の双方にある権利。だが、待機児童のあおりを受け、「定員の枠が埋まらないゼロ歳のうちに保育所に入れたい」と、本来取得できる期間を繰り上げている人が多いほか、取得できない人も多い。年間約100万人が生まれているが、育児休業の給付金の初回受給者は約28万人。このうち有期雇用者は1万人を切っており、全体の3%ほどです。妊娠適齢期といわれる25歳〜34歳の女性の4割が非正規なのに、育休を取っている人は全体の3%しかいない。多くの人はそもそも制度に乗れていないのです。

 そうすると、ますます保育所が必要になるが、非正規雇用だと入所選考で点数が低くなり入れません。乱暴な言い方になるかもしれませんが、入所判定で満点の家庭というのは、フルタイムで夫婦で働き、片方の収入がなくても何とか生活はできるくらいの収入が見込めることが多いのです。本当に働かないと生活に困る人が保育所に入れない、という矛盾した現象が起きています。格差が拡大する原因を行政が作っているのです。

 保育園に入れないなら、父母が一週間おきに勤務するローテーションを各職場が認めたりすることも考えたらいいと思います。保育園に入れたら仕事を続けられる、だめなら職を失う、というオール・オア・ナッシングでは、企業にとっての不利益も大きい。

 全国どこに行っても受けられる保育は、自治体まかせにするのではなく、国が担保していかなくてはなりません。公立保育所の整備費や運営費の国負担分が一般財源化され、負担割合が減らされてきた国費の割合をまずは元に戻すべきです。公的なお金が入るのだから、保育所利用者以外の納得性も大事ですが、マクロで言えば女性が就労継続できないことによる経済損失のデータはいくらでもある。合理性を説明することも必要です。

 保育所の問題は、票にならないからと言われ続け、長く政治家も研究者も冷たかった。10数年前にこの問題を名だたる研究者に質問しても、「いたちごっこだから、保育所作ってもしょうがない」「ゼロ歳児保育はペイしない」「公立は人件費が高すぎるから民間に」などと冷たい目線が多かった。最近になり、ようやく当たり前の議論が始まったと思っています。

保育所は働く女性のためのものではなくて、働く共稼ぎ世帯のためのもの。特に今の子育て世代は男性の雇用が安定しているわけではないので、男性も片働きでは不安なはず。それなら、男性はもっと我がこととしてとらえなくてはなりません。公私立問わず、保育所が何のために存続しているのか、子どもと親と両方を守っていく重要な存在だ、ということを保育業界の側もきちんと示していく必要があります。

<小林美希(こばやし・みき)> フリージャーナリスト。専門分野は労働・経済。1975年、茨城県生まれ。週刊エコノミストの記者時代、若者の雇用問題を特集し、非正規雇用など若者の厳しい雇用の実態を明るみにした。女性の就業継続や保育、医療にも詳しく、2013年にはマタニティ・ハラスメント問題で貧困ジャーナリズム賞を受賞。著書に「ルポ保育崩壊」など。

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