10代からの社会保障

<ロングインタビュー> 【雇用】本田由紀・東大大学院教授

2016年6月22日

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◆「消耗戦の職場 変えないと」

◆企業が若者をすりつぶす

 少なくとも新卒採用状況をみると、就職率は改善しています。それだけをみると、若者の雇用問題は終わった、と言われかねません。ただなかなか楽観できない面があります。大卒、高卒とも新卒雇用が回復しているのは、景気が良くなっているとか、労働市場が改善されているという理由からではなく、団塊世代が退職期を迎えて、大量に抜けたからです。頭数が足りなくなり、中途を含めて採用が活発化している。現政権はこれをもって良いことが起きているかのように言いがちですが、実際にはそうではありません。

 地方でも、求人倍率が上がっています。それを安倍首相はアベノミクスが成功したかのようなデータとして示していますが、それも違う。地方で求人倍率が上がっているのは、若者が地方で望む仕事が必ずしもあるわけではなく、大都市に出てくるがゆえに、求職者が減っているということがあります。求人と求職が合致していないんです。すばらしい経済の活性化が原因ではありません。

 需給状況が好転しているということをもって、雇用問題が解決したわけではありません。重要なのは、就職した後の状況を見ることです。いくつもの問題点があるという報告が上がってきています。厚労省がみずほ情報総研と実施した調査の結果もその1つです。それを見ると、長時間労働が非常に大きな問題になっています。人手不足が顕在化している一方で、会社の利益は一部の大企業を除き全体としては上がっていません。日本全体として第二次産業が減り、サービス産業、飲食、宿泊、教育産業など第三次産業が増えています。対人的なサービス、接客業などは、人を貼り付けて成り立つ労働集約的な仕事です。設備投資ではなく、人件費がコストの大きな部分を占めてきます。大きな負担になりかねない人件費を圧縮するために、あの手この手を企業が使っていて、それがブラック企業問題として出てきています。

 労働時間を1分刻みで支払うべきなのに、5分、15分単位で丸め込んだりして、賃金泥棒をしているところ。あるいは採用時の求人内容と実際の仕事が異なるとか。採用自体を多めに出しておいて、入社後に過酷な研修や業務にさらして、それを乗り切れる体力や精神力がある人だけ雇い続けることを意図的にやっているとか。期待した成果を出していない従業員とか、内部でのハラスメントでメンタルに問題が生じている従業員を、自主的に辞める方向に追い込むような企業が存在します。その手練手管をアドバイスする弁護士や司法書士がいて、「ブラック士業」と呼ばれている。入った後の働き方が良くなっているとは言えません。むしろ、悪化している面があります。

 研修中は給与が全然出ないなどの「ブラック研修」も次から次へと事例が明らかになっています。そういうのをみると、人を食い物にしているとしか思えません。場合によっては、心身にダメージを負って、続けられずに辞めていく。あまりのダメージのため、もう一度仕事にチャレンジすることができないこともあります。企業がすり鉢で若者をすりつぶして、言葉は悪いが廃人というか、使えない状況にして排出している状況があると思います。

◆長時間労働止めないと

 2000年代の前半、正社員の採用が一番少なかった時期に、キャリア教育ということが言われ始めました。私は早い段階からキャリア教育を批判してきました。やりたいこと、適性をさがして、それを仕事の面で自己実現していくのがすばらしいことであるというメッセージを、強力に小中高大学生に浴びせかけていることが大きな問題です。やりたいことを探せ、自分の将来を設計するのだ、実現するのだ、と。実際の労働市場はそんなに良くなっていないし、ブラックな面はあります。でもその現実とは別に、仕事はすばらしく、額に汗して働くのはすばらしいというメッセージを出し続けている。自分がやりたいことはこれだと思って、学校の出口までは磨きをかける。採用する企業も「やりたいこと」「実現したいこと」を面接では聞く。しかし、入社したらそういうことをやれる状況にまったくなっていません。そこで齟齬(そご)が出てくる。新入社員は相変わらず下積みで、言われたことは何でもやり、どういう配属になるかは企業側のさじ加減一本。あんなに面接で言わされ、実際に言った「やりたいこと」を全然やらせてもらえない。だから辞めてしまうようなケースもたくさんあります。

 一方で、「これこそが自分のやりたいことだ」と、本当はとんでもない労働条件でブラックなのにそう思い込んで、気がつかないでしがみついで働き続けるケースがある。会社の論理にからめ捕られて、「責任を果たさなければ」「お客さまの笑顔を」と必死になってしまう。あまりに過酷な状況に、友人や家族がNPOとかに相談しにいくケースがある。本人は「大丈夫」「こんなに一生懸命やっているんだから、口出すな」といってやめようとしない。これも、キャリア教育で働くことのすばらしさをたたき込まれた結果とも言えます。巻き込まれ続ければ、過労やうつ、過労自殺にもつながります。

 政治はまず、長時間労働の規制をしないといけません。日本は世界に冠たる長時間労働の国です。政府の一億総活躍プランにも書き込まれていたが、全然あてにならない。長時間労働がまかり通るのは、日本がメンバーシップ型の働き方だからということがあります。メンバーシップ型は、ジョブ型と対置される言葉。ジョブ型が職務内容や何をどれぐらいやるのかはっきりしているのに対して、企業のメンバーの一員ですね、とメンバーシップを与えるのが日本の正社員の雇用契約のあり方。具体的なジョブとして何をやってもらうかは、雇う側のフリーハンドで決まっていく。そういう状況を放置したまま、しかも人手不足で業務が多いまま、長時間労働を是正しても、隠れたサービス残業や不払い残業が増えるだけです。業務そのものの内容と分量を一人あたりが担当するのに適正なものにしていくためには、ジョブ型でかつ無期雇用の働き方を広げていくしかない。全部がそうできるかは別だが、働き方の選択肢のひとつにしていく必要があるいかないといけません。「悪いけどさ、期待しているよ。人が足りないからこれもや手伝ってよ」というひと言で際限なく仕事が広がっていくのが、メンバーシップ型の働き方です。そんな働き方で長時間労働を規制しても、やらされる業務は減らない。時間だけ規制しても、結局はザルになってしまう。契約性をはっきりさせることが重要だと思います。

◆労働生産性低い日本

 それは日本の求人詐欺にもかかわっている。求人と実際の雇用契約が違っていても構わないし、雇用契約がゆるゆるで後で破られても構わないというのが現状です。本来、労働市場では仕事を選べないとおかしい。商品を買う時には、値段や品質を見比べて買うわけですよ。求人があてにならなければ、自分がどこの企業で働くのを選ぶのかということが市場として成り立っていない。そこに身を投じるのはものすごい賭けなんですよ。求人情報が間違っていて構わないというのは。求人と雇用契約の間にずれがあるのもおかしい。そこでいくらでもひどい働かせ方がまかり通ってしまう。ぎりぎりの状態にある人がとにかく仕事につかなきゃと身を投じて、実際に提供された条件がひどい場合でも、奨学金の返済などに追い込まれて、当初より低い条件でも辞めることが難しくなる。それで過酷なことがまかり通る。労働における情報の透明性や、契約の契約性をはっきりさせていかないと、ひどい企業は淘汰(とうた)されません。働く側が自滅していくしかない。契約性を発揮させるということは、結局ジョブ型になるということです。契約内容は担当職務のことになるので。メンバーシップあげるから何でもやってね、では契約ではない。かつてはメンバーになれば、それに匹敵する見返り、つまり賃金や福利厚生が期待できた。経済成長期はそうだったが、もはや期待できない。それなのに、個人は会社に身を投じろ、身を任せろ、会社はいいように使わせろという慣習だけが残っている。そこまでに手を突っ込もうとする政策はどの政党にも十分に見受けられないので、非常にもどかしいです。

 日本の労働生産性の低さは30年以上続いている。国際比較でみると、スキル自体は日本は高い。それなのに労働生産性は低い。それは働く現場の非効率さから来ている。とにかく消耗戦で、何でもやってねというのは働かせる方は雑で楽でしょうけど、専門性は発揮できず、部署が変われば一から学ばないといけないので非効率です。潜在的な力があるのに生産性を下げているので結局は景気の浮上にもつながらない。働かされる人たちがきつい状況になるばっかりです。

 一票を投じる時には、その政党が社会の持続可能性をどれぐらいちゃんと考えているかを見ていくことが必要です。いっときの人気稼ぎではなくて、これからの社会を考えた時に税収を増やすこと、そのためには労働市場の荒れの是正と生産性の向上は絶対必要です。

<本田由紀(ほんだ・ゆき)> 東大大学院教授。専門は教育社会学。著書に「社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ」など。

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