10代からの社会保障

<5つの現場>(2)雇用 誰のための転職支援

2016年6月25日

リストラされた王子ホールディングス子会社の元社員。奥は厚労省が入る中央合同庁舎5号館=東京都千代田区で

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 「君に適職を与えることができない。まだ若いし、外に出ていくことを真剣に考えてもらいたい」

 製紙大手王子ホールディングス(東京)の子会社の正社員だった四十代の男性は昨秋、人事部長らから切り出された。突然のリストラ宣告。業績は好調だったが、紙需要の減少による事業構造の転換が必要という理由だった。

 有名私立大を卒業し、入社したのは二十年ほど前。バブル崩壊後の就職氷河期の真っただ中だった。三十社以上の試験を受け、やっと決まった就職先。工場では生産ラインの調整を任され、関連会社で部長を務めたこともあった。「定年まで当然働けると思っていた。それなのになんで…」

 退職を受け入れれば、退職金の割り増しと、退職後の再就職を支援する人材会社の費用を負担すると、会社から説明された。妻の反対もあって一度は拒否した。しかし数日後、人事部から再度、辞めなかったとしても、人材会社に出向して働き先を見つけてもらうと告げられた。逃げ道はなく、退職に応じた。

 男性のように退職勧奨の対象となったのは六十人。四十代と五十代が中心で、持病を抱える人や性格的におとなしい人が多かった。今年二月、内部告発によって、人材会社の側がマニュアルを作り、能力不足の社員の解雇を企業に働きかけていたことが明るみに出た。安倍政権が成長戦略で拡充した「労働移動支援助成金」が利用され、人材会社の利益になっていると国会で問題にもなった。

 本来、助成金は斜陽となった分野の中小企業が適用対象となっていたが、安倍政権は二〇一四年度から、大企業でも利用できるようにした。成長産業へ転職支援を促すことが目的とされる。しかし解雇事情に詳しい東京管理職ユニオンの鈴木剛執行委員長は「助成金が悪用され、退職を強要するリストラビジネスを国が促すことにつながった」と指摘する。

元社員に渡された「転進支援プログラム適用申請書兼退職届」

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 政府は成長戦略の名のもと、企業が金銭を払えば解雇できる制度の導入も検討している。企業に有利な環境ばかりが優先されれば、今後さらに「正社員切り」が進む恐れがある。

 厚生労働省は退職強要を防ぐため、四月から助成金の支給要件を厳しくした。だがリストラされた人が元の職場に戻れるわけではない。同省によると、助成金が適用されて再就職した人の給与は平均で転職前の七割以下まで減少。二割弱の人は給与が半分を下回る。

 男性は退職して半年が過ぎたが、再就職先は決まっていない。手取り三十万円ほどあった月給はなくなり、失業給付も残り半年となった。妻は派遣社員として働き、娘は都内の私立中学に通う。実家に同居していて住宅ローンはないが、教育費に月十万円かかる。「正社員になりたい。派遣や契約は不安定だから」。男性は娘に失業中だとは告げていない。 (小川慎一)

 <労働移動支援助成金> 企業が人員整理する際、人材会社に退職者の再就職支援を委託すると支給。企業には委託時に1人当たり10万円、6カ月以内(45歳以上は9カ月以内)に再就職が決まると支援費用に応じて50万円まで追加支給するため、助成額は最大60万円。国会で問題になった王子ホールディングスでは、退職者の再就職が決まれば人材会社に1人当たり60万円を支払うことになっていた。予算額は2013年度は5億円だったが、14年度に300億円超に増加。14、15年度で約1万4000人分、22億円が支給された。

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