10代からの社会保障

<10代が投票すべき5つの理由><5つの現場> 総集編

2016年7月8日

 不透明な経済、人口減少の社会で、社会保障はどうあるべきか。十日投開票の参院選を前に、東京新聞では、中央大学の学生サークル「Vote at Chuo!!」の一、二年生の声を聞きながら、研究者らと「奨学金」「雇用」「保育」「介護」「年金」の五つの分野について考え、それぞれの現場を巡った。一票を投じる前の総集編として井手英策・慶応大教授と、目指していきたい社会保障の将来像をあらためて考えた。

◆中央大生に聞く

左から、片山歩美さん、青木孝文さん、石川亮さん、岡井泉樹さん、高橋幸暉さん

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 連載「10代が投票すべき5つの理由」で意見を出してくれた中央大の一年生は、その後の連載を読んで何を感じたのだろう。

 「自分にとっての参院選の争点が社会保障になったのは、取材に参加したことが大きかった」と話すのは、青木孝文さん(18)。記事で紹介した教育無償化に期待を掛ける。待機児童解消策として、タレントのマツコ・デラックスさんが提案し、柴田悠(はるか)京都大准教授が保育から大学までの無償化に「七・三兆〜八・六兆円」かかると試算した。「試算は財源がはっきり示されていた。若者にとって異次元の社会保障政策が急務。政治家も財源を明示し、議論を固めて」と訴える。

 「地方では福祉に期待できない」と話していた高橋幸暉(こうき)さん(19)。高齢者の地方移住の動きがあることを連載で紹介したが「やはり将来は地方の親を東京に呼び寄せたい」と考えは変わらなかった。「自分の時に、地元で介護してくれる人がいるとは考えられない」。岡井泉樹(みずき)さん(18)は、卒業生が奨学金の返済に苦しむ現状や正社員リストラの現実に「根底にあるのは格差。格差をなくすため、まずは何より教育に力を入れてほしい」と望む。

 介護現場でアルバイトを探していた片山歩美さん(18)は各党の公約を見て「介護士の賃金引き上げだけじゃ現状は変わらないのでは。職場に魅力が必要」と話す。「将来は共働きで、子育てで困ったら親に来てもらう」と考えていたが、保育所探しに四苦八苦する母親の現状を連載で読み「東京で子どもを産むのは本当に大変なんだな」と感じた。「政府がもっとリーダーシップを持って方針を立てて」

 年金制度への不満を漏らしていた石川亮さん(18)。紙面を見ながら「払い損になることをもっと若者が知るべきだ」と危機感を募らす。「公約に書いてあることっていまいちぼんやりしてるけど、若い人に向けてどれだけ本気になってくれているかを基準に投票するつもり」と決意している。

◆連載「5つの理由・現場」の概要

【1】奨学金

 親の収入の減少や学費の上昇などを背景に利用者が増え、何らかの形で学生の2人に1人が利用する奨学金。東日本大震災で背負った家の借金返済のため、家賃2万円のアパートに住む大学生は、昼食も食べず年中無休でアルバイトを続けるが、卒業後は奨学金の返済も始まる。岩重佳治弁護士は「奨学金問題を、若い人同士がつながって声を上げるきっかけに」と願う。

【2】雇用

 非正規雇用が増え、不安定な雇用。NPO法人「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典さんは「今の若者にとっては、結婚さえ『ぜいたく』。先輩たちが普通に歩いてきた人生を送れない」と危ぶむ。40代の男性は、就職氷河期にやっと決まった会社をリストラされた。定年まで働けると思っていたが、国の助成金を利用した退職を強要するリストラビジネスに逃げ道を失った。

【3】保育

 認可保育所に入所できない待機児童問題は首都圏で顕著だ。幼稚園と保育所の機能を併せ持ち、待機児童解消に期待された「認定こども園」も、国の想定の甘さから都内で認定返上が相次いだ。子を持つ母親からは「母親目線の施策を」との声が上がる。松田茂樹中京大教授は「若者が持続的に社会保障を受けるため、国民が(税で)広く負担するということに政治が向き合う時期」と話す。

【4】介護

 2050年、日本の人口の約4割は高齢者となる推計。「今の若者が50代になるころ、現役世代は税金と保険料を支払うためだけに働くことになる」と結城康博淑徳大教授は警鐘を鳴らす。首都圏で介護施設が不足する懸念から、ついのすみかとして地方に移る高齢者も。地域の自主組織で60代が、1人暮らしの高齢者を見守る過疎地もあるが、都市部で「支え合い」は成り立つのか。

【5】年金

 少子高齢化で、数の少ない現役世代が高齢者を支える「世代間仕送り」の年金制度に、若者からはあきらめの声が上がる。最悪の場合、国民年金の積立金が将来、なくなる可能性も。植村尚史早稲田大教授は「景気が良くなれば破綻しないというのは不誠実」と話す。支給開始年齢の引き上げも非現実ではなくなる中、高齢者の就労が推奨される。「引退が許されない社会」に懸念も。

◆経済成長への依存 脱却する視点を

 井手英策・慶大教授

 「10代が投票すべき5つの理由」「2016参院選5つの現場」(いずれも六月、社会面に掲載)の記事、全部読みました。何か暗い気持ちになりますね、何もいいことないのかと(笑)。所得が落ちても、せめて人間らしい生活は保障される制度をこれからは考えていく必要があります。

 最優先課題は教育の充実です。教育は質の高い労働者を生み、犯罪などの社会コストを抑え、失業者を減らして納税者を増やすことで、税収も増えます。

 ただ、教育は経済のためのものではなく、子どもや若者の権利です。今回の選挙で各政党が打ち出している給付型奨学金は、財源の少なさなどから考えると、所得の少ない世帯に限定した「貧困対策」となってしまう懸念がある。教育が普遍的な権利である以上、すべての子どもと若者を受益者にすべきです。日本の大学授業料は世界的にみて高い。無償化に近づける努力をすべきです。

 「生き方」を考えるうえでも教育は重要です。日本では技能や技術を育む職業教育・職業訓練が貧弱ですが、大学教育とならんで即戦力職業者の育成も課題です。経済の裾野を広げつつ、誰もが仕事と同時に生き方を選べるシステムを社会全体で考えていかないと。

 保育も保育士の給与を上げ、施設を造ればいいという話ではありません。就学前教育という視点を持たないと、経済や社会の担い手の創造につながらない。教育カリキュラムの充実など、課題は今の議論の先にあります。

 日本の社会保障は少ない総額の中から高齢者に手厚く配分し、あとは貧困対策に限定してきた。しかし、非正規社員が四割、年収二百万円以下の層が一千万人を超える中、中間層は将来への不安におびえています。彼らは生活保護の受給者は自己責任との批判を強め、さらに若者と高齢者の対立も深まっている。

 税の恩恵が偏れば、税への抵抗は強まる。誰かの利益ではなく、幅広い人々の「生活保障」を重視し、消費税と同時に、所得税、相続税、法人税などの税のバランスを回復する必要があります。受益感と税の公平感が強まれば、増税への抵抗は和らぐと思います。

 アベノミクスは積極的な財政金融政策でも経済成長が難しいことを示しました。経済成長は必要ですが、成長に依存する仕組みから脱却する視点が大切です。生活の保障、子どもの権利保障の先に、社会と経済の成長、そして日本の未来があります。

<いで・えいさく> 1972年生まれ。東大大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学。2013年から現職。専門は財政社会学。第15回大佛次郎論壇賞受賞。共著に「分断社会を終わらせる」(筑摩書房)、近著に「18歳からの格差論」(東洋経済新報社)。

 「5つの理由」「5つの現場」取材班・山田祐一郎、小川慎一、大平樹、北川成史、中山高志、木原育子/写真・伊藤遼、川上智世/紙面構成・折尾裕子

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