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【1997年8月 渡良瀬有情】

夏の光

撮影・文 堀内洋助


 八月の渡良瀬遊水地は、夕暮れの時間が最高と思う。うだるような暑い一日を終えたアシ原の水辺が、色を染める。黄、橙、赤紫と変化していく水の色に幽玄な風景を見る。ツバメが乱舞する上空に入道雲が沸き立ち、同じように色を変えていく。ひんやりとした風が通り過ぎる。

 九十年前(1907年)の夏、ここに谷中村があり、6月に強制破壊された16戸の残留民が田中正造と共に仮小屋を建てて踏み止どまっていた。無念の思いで夏の空を見上げたことだろう。今も残る屋敷林跡に悲しみを見る。そして辛酸と荒廃の歴史は、ここに豊かな自然を作り上げた。アシ原が日本の原風景の一つとすると、渡良瀬遊水地は貴重な遺産なのである。

 しかし一方で、日本の近代化は人口の増加と開発を促進させ、野生動植物の生存を著しく脅かした。特に湿地の生物の種が、急速に喪失しつつある。 この夏、絶滅危惧種のフジバカマの保護に取り組んでいる地元・藤岡町の寺内為敏さん(60)と遊水地を歩いた。河川沿いの草地に生息する秋の七草で有名なフジバカマは、開発と護岸工事で絶滅し、このままだと日本の自然から姿を消すと言われる。「21世紀の子供たちにフジバカマを残したい」と、寺内さんは五年間で数百本を植えた。生息地の一部は、荒れ地を好むカナムグラの夏草が侵入しフジバカマの成育を拒んでいた。

 立秋を過ぎると一足早く、自然界は秋の気配がやってくる。シギ・チドリ類が「秋の渡り」に訪れ、繁殖を終えた白鷺が群れを作り、ツバメやムクドリが大集団でアシ原にねぐらを求める。水辺ではトンボの産卵が始まる。「夏の川霧」が現れる日もあり、厳しい残暑を忘れさせてくれる。

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