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【1999年2月 渡良瀬有情】

遥かなる足尾

撮影・文 堀内洋助


 今年1月現在、足尾町の人口は3892人。人口の減少が続いている。同町の人口は大正5年に38,428人を数え、約58,000人の宇都宮市に次いで栃木県第2位だった。26年前、昭和48年2月28日の銅山閉山時は9,632人。平成元年は4,935人で、その後毎年約100人ずつ減少している。 過疎化が進む足尾で、老舗の「一丸旅館」が歴史を閉じようとしていた。大正8年1月1日生まれの女将・木村まつよさんが、今年の元旦の80歳誕生日を区切りに経営を止め、「これから定年のない人生で有意義に暮らして行きたい」と決意していた。閉山後、客足が減り、後継者もいなかった。子供3人は、東京の一流銀行と企業に就職し、娘も嫁にやり浦安市に住む。

 昨年末、足尾で野生動物の観察を続ける「ツキノワの会」の常連客が、お別れ会を開催。その時、「やめないでほしい」と懇願され、祝賀会に変わってしまった。地元や馴染み客からの強い存続願いもあった。「多くの人からとても良いメッセージを頂いた。もう一年間がんばります」と話してくれた。

 一丸旅館は通洞駅前の町の中心部にある。明治末に開業し、足尾銅山の繁栄と共に育った。「町の劇場に古河さんが呼んだ芸能人がたくさん泊まった」と語る。東海林太郎、霧島昇、渥美清、加藤剛、竹脇無我、島田陽子、島倉千代子等数多い。「半世紀の間、多くの人間にお会いできたことが嬉しかった。地位や名誉に関わりなく、人間性のあふれる人が多かった」と話す。

 過疎と高齢化で悩む足尾町を象徴する出来事だった。10歳は若いと思われる元気な女将だが、無理な存続は酷であろう。大好きな競艇を楽しんでもらいたい。一丸旅館の温泉「白樺の湯」と美味しい食事と楽しい空間を何度も与えて頂き感謝したいと思う。

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