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【2000年2月 渡良瀬有情】

川俣事件百年祭

撮影・文 堀内洋助


 川俣事件から100年目になる2月13日(日)、当時の農民の仮装をして押出しを再現する「川俣事件百年祭」(同実行委員会主催)が行われる。館林市教育委員会と足尾鉱毒事件・田中正造記念館建設促進会が後援。

 川俣事件とは、1900年(明治33年)2月13日、群馬県明和村川俣で、足尾銅山の操業停止と被害農民の救済を訴えるために、第4回「押出し」で東京に向かった農民に対し、待ち受けていた憲兵・警官隊が大弾圧を加えた事件である。

 『このとき、警官隊は「凶器」といえるようなものは何一つ持たない被害民たちを、「土百姓」という掛声とともに、サ−ベルを使って手当たり次第に殴り、乱暴の限りを尽くした。』(「田中正造」小松裕著・筑摩書房より)

 「押出し再現」は2月13日(日)午前8時・館林市の雲竜寺前の渡良瀬川河川敷に集合。9時に出発し、館林市内を通り約10キロ歩いて、正午に明和町川俣に到着。参加方法は、仮装行列グル−プ(明治時代の農民と巡査の仮装)と一般自由参加グル−プ(服装等については参加者の自由)がある。途中からの参加も歓迎で、事前に参加申し込み書を実行委員会事務局に提出(電話でも可)。連絡先は群馬事務所TEL0276・73・5100(大東建設)、栃木事務所TEL0283・23・2896(坂原辰男)。

 渡良瀬川は辛酸と荒廃の歴史をたたえながら流れ続けている。煙害で森林が喪失し荒涼とした足尾の山や谷中村を強制破壊し鉱毒沈殿地として生まれた渡良瀬遊水地。人間の営みが自然環境を変えていった。私はこのような自然に対峙してシャッタ−を押す時、この川だからこそ自然のドラマが語りかけてくれるように思う。自然が激しく人の心を揺れ動かすのである。

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