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【2000年7月 渡良瀬有情】

松木渓谷

撮影・文 堀内洋助


 梅雨空の下、渡良瀬川の源流の松木渓谷を歩く。清流の松木川の両岸には、切り立った岩壁の荒涼たる風景が広がっている。緑化工事で徐々に蘇った自然は、多くの生き物の営みを見せてくれた。水量を増した渓流に潜っては水棲昆虫を捕まえるカワガラス。ジャンダルムの岩場の周囲を飛び回わる繁殖中のアマツバメの群れ。緑化工事中のエニシダの茂みで、仲良くグル−ミングするシカの親子。心を動かされる光景だ。

 川の上流に向かうにつれ、多くの見事な滝が見られることにも驚かされる。原生林を失った山は、梅雨の恵みを一気に放出してしまうからだ。松木川右岸の(上流から)ウメコバ沢、夏小屋沢、黒沢、水無沢、無名沢、大杉沢は連続した滝が対岸の道から一望できる。左岸の丹平治沢、大ナギ沢は道の近くにあるが、落下した巨大な岩がひしめいている。数多くの名前のない滝が、まるで滝の博物館のように存在する。

 滝を双眼鏡でのぞいていると、立ち枯れの木に出合う。松木渓谷は、足尾製錬所から出た亜硫酸ガスの煙の通り道だった。ここの松木村は「1892(明治25)年は40戸267人の暮らしがあった」(布川了著「田中正造と足尾鉱毒事件を歩く」随想社より)のだ。煙害で廃村したのは1902(明治35)年。当時は、原生林に覆われて、滝は少なかっただろうと思う。 このように人間が自然を変えていった日本有数の風景が足尾にある。荒涼とした岩壁や滝を見ていると、日本の近代化のために犠牲になった松木村の住民や山河の姿に心を打たれる。足尾町は松木渓谷の一部、ジャンダルム周辺を緑化工事せず、永久に残すという。いまこの谷は、開発と環境保護を考える生きた教材として語りかけているようだ。

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