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【2003年5月 渡良瀬有情】

風薫る日

撮影・文 堀内洋助


 初夏の渡良瀬遊水地は一面に新緑のアシ原が広がり、吹く風も気持ちいい。ヨシ焼きで燃え残った枯れヨシが今年は多く点在し、新緑の鮮やかさを演出してくれる。

 この季節に「日本で一番美しい風景」に遭遇することがある。新緑のアシ原に漂う川霧だ。その幽玄な光景は早春と晩秋に多く見られる川霧と趣が違い、何故か心さわやかにさせてくれる。冷え込んだ朝に出合うが、チャンスが少ないので、その感動は素晴らしい。

 ところで、ゴールデンウィークに渡良瀬川の上流の足尾と下流の遊水地で開催された催しに参加した。両日とも天気に恵まれ、風薫る日だった。

 4月27日は「足尾に緑を育てる会」主催の植樹デー。今年で8年目を迎え、過去最高の約7百人が参加し、足尾町大畑沢緑の砂防ゾーンに約3千本の苗木を植えた。

 同会代表の神山英昭さんは「足尾の山に100万本の木を植えよう。1年に1万本でも100年かかるが気長に植えていこう」とはげ山に緑の復元をアピール。毎年参加する作家の立松和平さんは「一人一人の心に木を植えてもらいたい」と願っていた。立松さんの活動をテレビで知り初参加した佐野市の椎名明さん(60)は、自宅の庭で育ったケヤキの苗木を急傾斜地に植えていた。

 29日は「谷中村遺跡を守る会」(針谷不二男会長)ら四団体主催の谷中村の跡をくまなくたどるフィールドワークに参加した。新緑の渡良瀬遊水地に点在する40近い谷中村の住居跡を約70人の参加者と歩いた。

 1907年(明治40年)明治政府が鉱毒沈殿地を作るため、谷中村を強制破壊した。96年後のいま、一面緑のアシ原に変貌し、竹やぶや雑木が茂る小高くなった水塚の上に「屋敷林」として当時の面影が残っていた。

 残留民の買収対策事務所だった間明田粂次郎宅跡にはエノキの大木があった。渡良瀬川研究会の布川了さんは「強制破壊される前の晩に残留民がここで最後の集まりを開いた。田中正造はその時に有名なc辛酸亦入佳境dを書いた」と話した。

 同宅跡にフジの花が茂りいい匂いがした。フジは古くから庭などに植えられ、寿命が長く、樹齢千年もあるという。残留民も見たであろうこの花に心を揺さぶられた。

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