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【2004年1月 渡良瀬有情】

冬の夜明け

撮影・文 堀内洋助


 この冬、標高1400メートルの赤城山・鳥居峠から渡良瀬川の幻想的な夜明けを撮影した。ここは関東平野を一望できるビューポイントで、車で行けるのがいい。同山の東斜面の水源からは鳥居川、猿川、鹿角川、小黒川など何本もの川が渡良瀬川に注いでいる。

 同峠に日の出の約3時間前に到着。暗黒の空に満天の星が輝き、眼下には街の明かりが星の帯のようにきらめく。双眼鏡で東京方面を見ると約100キロ余先の高層ビル群の明かりも望めた。まさに百万ドルの夜景に心をいやされる思いだった。ここからの撮影にこの冬3回挑戦し、2回も失敗。突然の吹雪に見舞われたり、靄で視界が悪かったりした。

 日の出1時間前ごろになると、星は次第に消えていった。東の地平線は赤、だいだい、黄色に色づき始め、上空は群青から白い青に色を変貌させた。40分前が一番色鮮やかだった。

 薄明が進む中、渡良瀬川は、次第に白い蛇行を見せ始めた。まさに大地を蛇がうねって行くように思えた。日の出30分前ごろ、空が紫色を帯びた。幻想的なその色は蛇行する水辺を染めて実に荘厳だった。

 日の出は筑波山の南から昇った。600ミリレンズに2倍のテレコンバーターを付けて写す。楕円にゆがんでいた。地平線から出る瞬間は地球の大気を長く光が通るために変形して見えるのだ。自然が見せる素晴らしい美の一瞬。今年の夢は四角い太陽を写すこと。北海道のオホーツク海沿岸では知られているが、渡良瀬でぜひ撮影したいと思う。

 美しい自然の息吹を見せるこの川は以前、足尾鉱毒事件が発生し、魚が大量に死に、流域の農作物に甚大な被害を与えた。谷中村が滅亡し、鉱毒沈殿地として渡良瀬遊水地が作られた。人間と自然の営みの辛酸な歴史を背負って明治初期から百十数年流れてきた。

 その昔は、母なる川として、関東の穀倉地帯の水田を育み、アユやサケやコイの漁が盛んだった。川は豊かな恵みをもたらしてくれた。足利や桐生が織物の町として発展したその背景には、渡良瀬川の水の利用があったという。

 いま渡良瀬川には清流が蘇りつつある。足利市まで多数のサケが遡上(そじょう)しだした。赤城山から眺める夜明けの渡良瀬川の情景は感動的だった。日本の原風景である美しい自然に蘇ってほしいと思った。

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