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【2004年11月 渡良瀬有情】

渡良瀬の色

撮影・文 堀内洋助


第1回

 晩秋の夜明け、広大なアシ原に乳白色の川霧が漂っていた。日が昇り川霧は朱色から黄色へ色を染め始めた。この幽玄な世界は関東地方の真ん中の湿地帯でいま見られる。

 この連載の舞台となる渡良瀬川は栃木県足尾町の足尾山塊から群馬県の中流域を経て栃木・群馬・茨城・埼玉の四県にまたがる渡良瀬遊水地に入り、茨城県古河市で利根川に注ぐ。長さ108キロ。明治以降、足尾鉱毒事件の辛酸と荒廃の歴史を背負って流れる。

 1991年4月から1年間本紙に連載された「渡良瀬有情」の取材班として、私はこの川を訪れた。その後も魅了され撮影を続けてきた。12年半、ゆっくりと流域を歩くと四季の移ろいの自然と人間の営みに感動することが多かったことか。あらためて渡良瀬の原風景である美しい自然の色を見つめていきたい。

第2回

 渡良瀬遊水地は都心から電車に乗って約1時間で着く。面積約3300ヘクタール、東西約6キロ、南北約9キロ、周囲約29キロ。JR山手線の内側の半分の面積を持つ。初めて訪れた人はこの広さにびっくりする。堤防から地平線がくっきり見え、関東平野を取り囲む連山が晴れた日は美しい。

 いまは人の住まない広大なアシ原であるが、約百年前ここに谷中村があった。約450世帯、約2500人が暮らしていた。足尾鉱毒事件が発生し、明治政府は鉱毒沈殿池を作るために土地買収を行う。村民は同池建設と廃村に反対したが、1906年(明治39)7月谷中村は藤岡町に合併され廃村となった。

 悲しみの歴史を背負い豊かな自然空間が広がる。この秋も旧谷中村遺跡のアシ原で数万羽のムクドリが集団ねぐらを作った。地平線が朱色に染まり、空に青さが現れた夜明け前、一斉に飛び立った。羽音が静寂な朝に響き渡った。

第3回

 この秋は前線の停滞や台風の上陸などで雨が多かった。気象庁によると、宇都宮、前橋の10月の雨量は平年の四倍強。10月として観測史上最多となった。そのため渡良瀬遊水地では湿潤になり、見事な川霧が多く発生した。

 台風一過の朝、同遊水地の南端にある茨城県古河市の河川敷ゴルフ場を訪れた。冠水して小高い丘が島のように点在していた。その中で迷い込んだ魚を捕食するダイサギの群れがいた。水辺を泳ぐカルガモも。芝生の緑と水に映った秋空の青とダイサギの白のコントラストが鮮やか。人工的な空間に自然が見せた異彩を放つ光景だった。

 このゴルフ場横の堤防は関東の山々を展望するビューポイントで知られる。95年前、作家の田山花袋は「田舎教師」の中で、そのながめの美しさを賞賛していた。本の一節を刻んだ碑文が雀神社の脇に建つ。今は散歩コースとして市民に親しまれている。

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