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【2005年10月 渡良瀬有情】

蘇った紅葉

撮影・文 堀内洋助


第36回目・明けて立つ

 秋の朝、渡良瀬遊水地にある旧谷中村遺跡で日の出を待った。薄明の空は、赤、だいだい、黄色と刻々と明るく鮮やかに変ぼうした。アシ原の水辺からほんのりとわく川霧。屋敷林から日が昇った時、魚がジャンプして美しい波紋を描いた。自然の光と色に至福を感じたひとときだった。

 遊水地の真東に標高877メートルの筑波山が望める。山頂は女体山と男体山の二つだが、ここからは稜線を描く独立峰に見えてひときわ美しい。春と秋の彼岸のころ、山頂から太陽が昇る光景が印象的。日の出は毎日ほぼ太陽の直径分、南へ移動していく。

 このほど遊水地に自生しているツリフネソウが新種と判明され、ワタラセツリフネソウと命名された(詳細は本紙9月16日に掲載)。今年は例年より1週間以上遅く開花したので10月に入っても、日当たりの良い道ばたのあちこちで見られた。花は長さ3〜4センチの紅紫色で目立つ。

第37回目・足尾製錬所

 渡良瀬川上流の足尾町本山の谷間に、この川の運命を左右した足尾製錬所が今も残る。廃虚になり、さび付いた鉄骨が異彩を放つ。日本の近代化に貢献した産業遺産だが、足尾鉱毒事件という日本最初の公害を引き起こした。

 121年前の1884(明治17)年に建設され、リニューアルを重ねて1973(昭和48)年の銅山閉山後も平成元年まで操業は続いた。解体費用が多額のため取り壊されずに残っているという。近年、足尾の山に体験植樹に訪れる小中学生が増加し、必ず目にする製錬所は環境教育の役目を果たしている。

 今月1日、NPO法人「足尾に緑を育てる会」(神山英昭会長)が、足尾町松原に足尾環境資料室を開設した。足尾銅山がもたらした「光と陰」の歴史を中心に約2000点の文献などの資料が展示。通洞駅から徒歩数分。開館は午前10時から午後5時。毎週火曜は休館。入館無料。

第38回目・ニホンカモシカ

 渡良瀬川源流の栃木県足尾町は国の特別天然記念物に指定されたニホンカモシカが数多く生息する。煙害で荒涼とした岩山を好み、標高1000メートル以上の山岳地帯という条件に適し、日本有数の生息密度という。荒廃地の緑化工事で草木が植えられて餌となる環境も良かったのだろう。

 足尾の山を十数年撮影して多くのニホンカモシカと出会った。荒涼とした山に野生動物がひっそりとたくましく生きている姿に感動した。緑が蘇ってきた証しでもある。単独で生活するが、生まれた子どもは1年間母親と暮らすので、秋から冬は母子の姿が見られることがある。

 足尾ダムに陶板2000枚の足尾焼きで描いたニホンカモシカの大きな壁画が目を引く。カモシカは市街地にも現れ、龍蔵寺そばの庭の木の葉を食べていたこともあった。必ずではないが、わたらせ渓谷鉄道間藤駅は「カモシカの見える駅」として知られる。

第39回目・足尾の紅葉

 渡良瀬川源流の紅葉を訪ねて21日、栃木県足尾町にある標高1826・6メートルの社山(しゃざん)に登った。中禅寺湖畔の立木観音から湖岸沿いを歩き、標高1410メートルの阿世潟峠を経て、山頂まで約3時間半。久しぶりに晴れ間が広がり、例年より1週間ほど遅れた紅葉は見ごろを迎えていた。

 この登山ルートの圧巻は阿世潟峠からの尾根歩き。右手は中禅寺湖と男体山など日光連山、左手は足尾山塊の大パノラマが続く。両側の山肌は赤や黄色に染まり実に鮮やか。足尾の山の一角には荒涼とした松木沢が異彩を放つ。

 今は秋の彩りが鮮やかだが、足尾の山の森は人間が作り出した風景なのだ。山は足尾製錬所の煙害や森林の乱伐や山火事で荒廃した。1957(昭和32)年に国の緑化事業が本格的にスタート。約50年の月日が紅葉をよみがえらせてきたが、森の回復はまだ約半分という。

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