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【2006年7月 渡良瀬有情】

足尾の川

撮影・文 堀内洋助


第68回目・渡良瀬の名の由来

 サッカーW杯期間中は休載し、約1カ月ぶりの再開です。渡良瀬川はこの間、梅雨入りし初夏から盛夏の季節へ。掲載できなかった写真はインターネットのホームページをご高覧下さい。「渡良瀬の色」で検索すると出ます。6月中旬に庚申山の岩壁にひっそりと咲く国の特別天然記念物コウシンソウなど掲載。過去の連載分も見られます。

 7月10日、日光市足尾町渡良瀬を訪れた。神子内川と渡良瀬川が合流した左岸の地名が渡良瀬。約1200年前、日光を開山した勝道上人が川を渡ろうとしたが谷が深く流れが急なので困っていたところ、この付近で浅瀬を見つけて渡ることができた。渡るに良い浅瀬から「渡良瀬」の名を命名したと伝えられる。

 群馬と栃木県境にある国道122号線の沢入トンネルを出て足尾町に入ると「銅ぞゆっくり渡良っ瀬」の交通安全の看板がある。「わたらせ」の名は心に染みる。

第69回目・足尾の濁流

 渡良瀬川源流にある足尾ダムを今月17日朝、訪れた。梅雨前線による小雨が降り続き、ダムから落ちる水は豪快に白いしぶきを上げていた。

 次第に雨が激しくなり、数時間後に川は濁流となった。ダムそばの銅(あかがね)橋から観察すると、ダムの堰堤から落ちる水は、中央が茶褐色に濁り、両側は澄んでいた。落下した水はかき混ぜられて濁流になる。川の水の色が違うのは印象的だった。

 足尾ダムは1954(昭和29)年に日本最大の砂防ダムとして第一次工事が完成した。貯砂量500万立法メートルで、水は7段に分かれて流れ落ちる。別名三川合流ダムと呼ばれ、ここで松木川、仁田元川、久蔵川が合流する。

 緑化工事が早くから行われた仁田元と久蔵川の流域は、豊かな森が蘇り、澄んだ水だが、いまだ荒廃地が多く残る松木川は大雨になると濁流に変わる。川の色が足尾の歴史を語っていた。

第70回目・谷中村たより

 足尾から渡良瀬川沿いに南下して30日、渡良瀬遊水地にある谷中村遺跡を訪れた。いまだ梅雨空の下、広大なアシ原にうっそうと茂った屋敷林が点在する。古道を歩いて、延命院跡に到着。丘の上に小さな鐘があり、たたくと深い響きが谷中村廃村百年目の村跡に広がった。

 住民の子孫である「谷中村の遺跡を守る会」の針谷不二男さんが12年前、延命院跡に連絡ノートを設置。小中学生から大人まで訪れた人の様々な思いが記入されている。

 「ラムサール登録議連にて訪問した6名の国会議員です。自然保護の決意を新たにしました」「決死の公害闘争の重みを感じます」「自然観察会でいろいろな植物に出会いました。この大事な環境と平和を守りたい」「初めて来てとても感動しました」など。その思いは同会の会報「谷中村たより」に載せて随時発行される。今月5日現在、1927人という。

番外編・三川合流

 三川が合流するダムから落ちる水が色を変えた。仁田元川(左)と久蔵川(右)は清流で、松木川(中央)は濁流だ=栃木県日光市足尾町の足尾ダムで

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