コロナ禍、どう生きる 高橋源一郎さんが薦める本

2020年5月25日 02時00分

2015年9月撮影

 家族以外の人間と話す機会がずいぶん減った。打ち合わせもオン・ライン。生活はすっかり変わった。そして、不思議なことに、「最近本を読んでいるよ」といわれることが多くなった。読む時間ができたから、というより、なにかを探したくて、なにかをわかりたくて、でもネットの情報ではなく、本に手を伸ばす、という人が増えた。そう思う。そんなときに読んでもらいたい本を選んでみた。もちろん、いつだって読むに値する本ばかりだが。

◆自分以外への献身

<1>(新潮文庫・825円)

 「新型コロナウイルス」の大流行に合わせるかのように、カミュの<1>『ペスト』が売れている。決して読みやすくはない、外国の長編小説としては考えられないような人気だが、読めば、無理はないな、と思う。まるで、いまの自分たちのことを描いているようだからだ。主人公は医師のベルナール・リウー。彼が住むアルジェリアのオランという街に、突然「ペスト」が襲いかかる。当然の如(ごと)く、街は封鎖され、当局は慌て、市民たちは混乱する。責任をとりたがらない上司たちの醜い様子を読んでいると、身につまされる。
 この小説の最大の特徴であり魅力は、登場人物たちの行動だ。それぞれがちがう境遇にあった人たち、作家志望の小役人、謎めいた行動をとるよそ者、神を深く信じる神父、たまたま滞在していたために閉じこめられた記者、等々。混乱のさなかで、人間たちが全力を尽くし、自分以外のなにかのために献身する。その姿が読者をうつのである。

◆極限で知る己の真実

<2>(岩波文庫・572円)

 トーマス・マンの<2>『ヴェニスに死す』も、いま読んでみたい一冊。「えっ、なぜ?」と思われるかもしれないが、このあまりにも有名な中編小説、実は、コレラが蔓延(まんえん)し「死の街」となったヴェニスが舞台になっている。蔓延の「噂(うわさ)」が事実であることを知りながら、主人公の老作家は、あえて、その美しい都市に残る。それは、偶然見かけた美少年への、自分でも予想すらしなかった激しい愛着のためだった。死に取り囲まれて、主人公は「いろいろな希望を――不思議な、理性を超えた、そしてなんとも言いようのないほど甘美な希望を燃え上がらせた」のである。極限状況に追いこまれても、ただ混乱したり、絶望するのではなく、その状況の中でこそ知ることができる自分の真実があるのではないか。それを書くことが、マンにとっての「コレラ」との戦いだったのだ。

◆政治・社会のあり方とは

<3>(河出新書・1320円)

 手前味噌(みそ)になりそうだが、ぼくが現代日本語に翻訳した<3>『一億三千万人のための「論語」教室』も。いうまでもなく、『論語』は、孔子(ぼくは「センセイ」と呼ばせていただいている)のことばを収めた本。二千五百年にわたって、読まれ続けている大古典だが、そのせいだろうか、なんとなく「古めかしい」という印象がつきまとう。「仁」とか「礼」とかいわれてもね。
 けれども、実際に手にとって読みはじめて驚いた。当時の中国には統一された大きな国家はなく、さまざまな国がひしめき合う「世界」そのもの。その中で、「センセイ」は、政治や社会のあり方を徹底的に考えたのだ。はっきりいって、その頃から、政治も社会も進歩はしていない。というか、もしかしたら退歩してるのかも。それを確かめるためにだけでも、読んでもらえればうれしい。
 最後にセンセイの一言を。
 「人間は、生まれ、食の心配なく生活し、日々、さまざまな形で社会と交わり、そして、死んでゆく。すべての人びとの、そんな日々を、背後から無言で支えるのが政治なのである」
<たかはし・げんいちろう> 作家。1951年、広島県生まれ。著書に『さようなら、ギャングたち』『日本文学盛衰史』など。

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