女性講談師・一龍斎貞鏡コロナ禍に思う 「まさかの坂」こそ思いやりを

2020年5月22日 02時00分
 歯切れのいい口調、リズミカルな高座で人気上昇中の女性講談師、一龍斎貞鏡=写真=が新型コロナウイルス禍のいま思うことや、高座に上がれない日常を記しました。
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 皆さま方に於(お)かれましては、新型コロナウイルスの感染拡大によって心穏やかならぬ日々をお送りのことと心中お察し致します。
 さまざまな仕事にも影響が出ておりますが、われわれ講談界も大打撃を受け、当面の高座と収録の仕事は全て中止に。まさかこんな事態になろうとは誰が予測していたでしょうか。人生は何が起こるか分かりません。予測やマニュアル通りにはいかないもの。これは前座修業の時に痛感しました。
 芸人は臨機応変なる対応が求められますが、私は不器用至極であり、前座の頃は全く使い物にならず、いかにしたらいいのか…。いろいろ考えた結果、「あの子はいつも一生懸命だね」と評判の先輩の行動を研究してマニュアル化し、まねをした時期がありました。額に汗しているその姿を見ては、自分の額を霧吹きで濡(ぬ)らしてみた。結果、「汚(きたね)えな。おまえの汗が先生のお着物に垂れたらどうするんだ」と雷が落ちました。
 斯(か)くなる上は「マニュアル2」の適用です。“女の武器”を使わない手だてはないと、急須に指を突っ込み目の縁に擦りつけ、ウルウルした目元を演出。その姿をご覧になった大御所の先生のお言葉がすごかった。「おい貞鏡、目尻に茶っ葉がついてるぞ」…。悪事露見。マニュアルは全く通用しない。それからはずるいことを考えず、どうしたら相手にお喜びいただけるか。そのことを必死で考え経験を積む。それをたたき込ませていただきました。
 このたび新たな命を授かり、蓮(はす)の見頃の時期に出産予定です。悪阻(つわり)が落ち着き安定期に入ってすぐにコロナの緊急事態。二歳の息子を外で思い切り遊ばせることもできず、息子は体力が有り余って家の中で駆け回っては、家具や襖(ふすま)を破壊し続けています。敵は目に見えず、人と人との縁を遠ざける厄介なウイルスだ。不安に押しつぶされそうでした。
 「小人(しょうじん)閑居して不善をなす」とはよく言ったもので、下を向いていると気分がどんどん落ち込んでくる。そこで、全ては宿命と心得、今は家族との時間を頂いたのだと、子どもと慣れないお菓子作りに挑戦。ある日、粉塗(まみ)れになりながら子どもと主人の喜ぶ顔が見たくて、頑張ってドーナツを揚げました。さぞ喜ぶだろうとほくそ笑んでいた直後、主人が帰宅しドーナツを見て第一声、「お、うまそうな唐揚げだ!」と小躍り。これぐらい鈍感力のある人間の方が長生きするのやもしれぬ。
 息子はいろんな言葉を発するようになり、ゲラゲラと笑い転げています。その笑い声を聞いていると、こちらも自然と笑顔に。こんなご時世だからこそ必要なのは「笑の力」です。いかなるウイルスや菌とてナチュラルキラー細胞にはかなうまい。笑っていると、いい意味で不安な自分をだませるのです。
 人生はマニュアル通りにはいかない。「まさか、という坂」が訪れるそうです。その坂が訪れた時に機転をきかせるためには、人を思いやる気持ちが大切になってくる。不安であるから特定の人物を集中攻撃したり不平不満を口にしがちですが、こんな今だからこそ、人を思いやる気持ちが何より大事となってくるのだと感じています。
<いちりゅうさい・ていきょう> 東京都出身。父が講談師の八代目一龍斎貞山、祖父が七代目一龍斎貞山、義祖父が六代目神田伯龍。2008年、父の貞山に入門、初高座。12年、二つ目昇進。骨太で迫力に満ちた高座に定評があり、赤穂浪士の義士伝や怪談噺(ばなし)、滑稽噺、新作など幅広い講談を読んでいる。

息子に自作の「紙芝居講談」を読み聞かせ

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