100年前の日伊交流の証 東京の子どもたちが描いた作品アルバム、イタリアで発見 作者の情報提供募る

2021年1月26日 11時45分
 東京の子どもたちが約100年前に描いた絵や書道の作品166点を収めた2冊のアルバムがイタリアで見つかった。「日本のゴーギャン」と称された日本画家田中一村いっそん氏(1908~77年)や皇居・宮殿の基本設計をした建築家吉村順三氏(1908~97年)が、10代前半で手掛けた作品も収録されている。捜し出した画家道原聡どうばらさとしさん(61)=同国フィレンツェ在住=によると、作品を寄せた子どもたちの親族が判明したのは7人だけで、「埋もれかけた個人と時代の歴史を継承したい」と、情報提供を呼び掛けている。(岩岡千景)

2017年1月、フェラリンの次男ロベルト・フェラリンさん(左)のミラノの自宅にアルバムが保管されていることを確認した道原聡さん(中)。右はロベルトさんの次女カロリーナさん=道原さん提供

 アルバムは表紙に「記念ちょう」と書かれ、東京市(当時)に住む子ども20万人が応募し、その中から優秀作品として選ばれた7歳から15歳の子どもが描いた富士山などの風景画や和装の人物画、「日伊親善」と書いた書道作品などが収められている。全作品に氏名、年齢、学校名が記され、そこから田中氏らの作品もあるとわかった。

1920年6月、東京・日比谷で学生らの歓迎を受けるフェラリンら=道原聡さん提供

 道原さんは2016年、日伊間飛行に初めて成功したイタリア軍のアルトゥーロ・フェラリン中尉の自伝を読み、アルバムの存在を知った。そこには、大正天皇のきさき貞明ていめい皇后が「日本の子どもたちに飛行をテーマに絵を描かせて2冊のアルバムにし、イタリアの王妃に贈りたい」と話したという記述があった。

◆イタリアから日本への初飛行、達成記念に

 イタリア政府は1920年、国産機による日本への長距離飛行を計画した。軍の飛行士ら22人が木製複葉機11機でローマを出発したが、多数の中継地を経て約1万8000キロ先の日本への飛行に成功したのは当時25歳のフェラリン中尉の機だけだった。この偉業に沸き立った日本は国を挙げて歓迎。中尉は宮崎駿監督の映画「くれないの豚」(1992年製作)登場人物のモデルともいわれる。

1920年にローマ-東京間飛行に成功した飛行士・アルトゥーロ・フェラリン中尉=道原聡さん提供

 自伝を機にアルバムを捜し始めた道原さんは、2017年にミラノにあるフェラリン中尉の次男宅で1冊目を、19年にローマ郊外のイタリア空軍歴史博物館で2冊目を見つけた。
 飛行100年の節目の昨年2月、イタリアでは空軍式典で1冊が公開されたが、日本では新型コロナウイルス感染症の影響で公開イベントなどはできなかった。そこで、道原さんは同年10月に作者の情報収集サイト「記念帖1920」を開設した。アルバムに作品が収められているベルリン五輪(1936年)の馬術競技に出場した陸軍将校稲波弘次いななみひろつぐ氏の三男で東京都の医師・稲波弘彦さん(67)は「感動をほかの子孫の方々とも分かち合いたい」と開設に協力した。
 サイトには全作品と作者名、学校名などの一覧を公開し、情報提供を呼びかけている。道原さんは「作者のお子さんももう高齢。捜して作者のその後の功績や歴史とともに、記念帖を日本で公開したい。戦争や震災を経た激動の大正、昭和を振り返る展覧会ができるだろう」と話している。

◆“日本のゴーギャン”の幼き日の作品見つかる

 日伊両国の友好親善のため、100年前に海を渡った当時の子どもたちの絵。その中には、後に名を残した芸術家の作品もあった。

サイト「記念帖1920」に掲載されている田中一村氏幼少時の作品(画面右上)

 当時13歳の田中氏は、本名の田中たかしとして、しだれ桜に止まるシジュウカラを描いた。自然に魅せられ、50代になって移住した鹿児島県・奄美大島にある田中一村記念美術館(奄美市)学芸員の有川幸輝こうきさん(45)は「一村は幼少時から才能を開花させ作品も残し、神童と呼ばれていた。今回の作品はその評価をあらためて感じさせる」と話す。
 また東京・本所(墨田区)の呉服店に生まれた吉村氏は当時12歳。着物地のような柄にスズムシをあしらった絵を描いた。

12歳だった吉村順三氏の作品

 長女で吉村順三記念ギャラリー(東京都豊島区)代表の吉村隆子さんによると、吉村氏の父は1920年1月、世界で猛威を振るっていたスペイン風邪で死亡。生前にそのショックを何回も話していたといい、「季節外れで寂しげなモチーフを選んだのは、父親の死と関係があったのかもしれません」という。23年の関東大震災で当時の自宅は全壊し火災も起きたため、現存する最も古い作品だという。

12歳だった稲波弘次氏が描いた作品

 また、当時12歳の稲波氏は、日伊両国の国旗と航路、富士山とイタリアを代表する夜間のベズビオ山を理知的に組み合わせた絵を描いた。弘彦さんは「士官学校、陸軍大学校を出て将校になった父に芸術的センスもあったのかと、父の知らない面がわかりとてもうれしかった。ほかの子孫の方も見つかれば、同じように喜ばれると思います」と話した。
 ほかには、日展に出品を続けた日本画家の細谷達三氏の絵や、俳優三田佳子さんらが出演している1983年公開の映画「きつね」で監督デビューした映画監督の仲倉重郎しげおさん(79)の父の仲倉仙太郎氏が、はるかな道のりを表す「鵬程萬里ほうていばんり」と書いた書道作品などで親族が判明。また昨年11月、記念帖の収録作品と思われ、現物がない書道27点の写真も新たに発見された。

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