週のはじめに考える 三本指がさすところ

2021年3月28日 06時46分
 親指と人さし指で輪をつくり、ほか三本を立てれば「OK」とか「お金」の意と解されましょう。でも、世界は広い。ある地域では「木曜日」を意味するとか。親指を、小指とくっつけて月曜日、薬指とくっつけて火曜日と順に。しかし、以前のニューズウィーク日本版の記事には驚きました。あの手の形がホワイトとパワーの頭文字WとPに見えることから、米国では白人至上主義者のシンボル化しつつある、と…。
 ほかにも手指のサイン、あまたある中、私たちに一番なじみ深いといえば、やはりVサインでしょうか。では、人さし指、中指にもう一本、薬指も立てる「三本指のサイン」とは−。

◆ミャンマー民衆の怒り

 最近、そのポーズを見たのは、ミャンマーの人々をとらえた写真でした。
 かの国で、国軍によるクーデターが起きたのは二月一日。世界中に衝撃が走りました。長く軍事政権が続いたミャンマーに、民主化運動を率いたアウン・サン・スー・チー氏を中心とする政権が誕生したのはやっと二〇一六年のこと。その後の民主化の歩みをクーデターが蹂躙(じゅうりん)したのです。スー・チー氏らは拘束され、国軍が全権を掌握しました。
 国民が軍の暴挙に怒るのは当然です。全土で連日、反軍デモが続いており、国軍の強硬な鎮圧で多数の死者も出ています。その中で人々が掲げているのが「三本指のサイン」なのです。
 由来は、独裁国家パネムを描く米SF映画『ハンガー・ゲーム』で、民衆が独裁への「抵抗」「反逆」の印として掲げるサイン。それが現実世界で、権威主義的な強権への抵抗のシンボルとして一般化したのは、一四年に起きたタイの軍事クーデターの際だったといいます。
 さらには、同年、若者らが民主化を求めた香港の「雨傘運動」でも象徴的なサインとして用いられました。

◆タイ、香港でも抵抗の印

 その後、タイでは民政移管されましたが、軍の影響力を強く残す政体への不満から昨年、市民らのデモが頻発し、非常事態宣言が発令される事態に。今も国民の抵抗は続いています。香港でも、中国政府が香港国家安全維持法を土台にして、民主勢力を根絶やしにしようとする弾圧が苛烈(かれつ)さを増しています。街頭で決然と、あるいは心中で、今も、無数の三本指のサインが掲げられているのです。
 ミャンマー国軍の総司令官がテレビ演説で語ったことが気になりました。曰(いわ)く、経済、外交政策は継続、外国からの投資も歓迎すると。民主的体制をねじ伏せておいて、投資や経済の成長を維持できると考えているのでしょうか。
 もっとも、そう考えてもおかしくない“手本”が近くにあるのも確かです。ステファン・ハルパー著『北京コンセンサス 中国流が世界を動かす?』の表現を借りれば<「資本主義の道は歩むが、独裁国家の道は譲らない」という新たなブランドを広めている>国−。そう、もちろん中国です。
 同書も言うように、新興国は、民主主義+市場経済の「西側モデル」より、権威主義+市場経済の「中国モデル」に引きつけられる傾向が強まっています。今回のミャンマー国軍の行動と中国の直接の関係は不明ですが、その影響を思わずにはいられません。
 顧みれば、中国にも、「政治改革」への意思が垣間見えた時期が確かにありました。まだ十年ほど前には、例えば時の温家宝首相が経済発展を続けるには「人民」の民主的権利の保障や国政運営への積極的な参加が必要だと公言したことさえ。あの空気は中国が権威主義+市場経済で成功しつつも深層に抱いていた、民主的でないことへの「後ろめたさ」の表出ではなかったでしょうか。
 しかし、かすかにあったかもしれないそれも、一二年以降、習近平体制が深化するにつれ、きれいさっぱりなくなっていく。現在の中国は、国家が国民を監視、管理するような権威主義が民主主義に優越していると「口だけ」ではなく「本心から」考えている。その“自信”が一層、磁力を強めているように思えてなりません。

◆試される民主主義世界

 人々に、暮らし向きがよくなることと引き換えに、自由や権利を差し出させるような世界が広がっていいはずはありません。
 しかし、対抗すべき「西側」にも、格差の拡大など問題が多い。第一、表現の自由への圧迫、異論を敵視する風潮など権威主義的な空気の浸潤が疑われる面さえあります。こうした課題を克服して自らを鍛え直せるか、今、民主主義世界が問われているということでしょう。タイで香港で、そしてミャンマーで−。人々が掲げるあのサインは、私たちにも向けられているのかもしれません。

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