武蔵野マイウェイ 海野(うんの)弘著

2021年4月25日 07時00分

◆無限に広がる時空間を散策
[評]平松洋子(エッセイスト)

 武蔵野に長く住まう著者は、約百年前の国木田独歩『武蔵野』を思い浮かべ、好きな散歩道を書こうと発意する。独歩いわく「自分は武蔵野を縦横に通じている路は、どれを撰(えら)んでいっても自分を失望させないことを久しく経験して知っているから」。先達の言葉を散歩の杖(つえ)として、著者もまた武蔵野の無尽蔵の魅力を掘り起こす。
 それにしても健脚ぶりには驚かされる。街道を歩き、寺社に参拝し、途中で図書館や書店に寄って資料を渉猟、坂を上り下り、バスに乗り、橋を渡り、道に迷ったりもする。一九三九年生まれ、美術や映画、都市論などの分野で健筆を振るう著者について、私が勝手に抱いていた書斎派のイメージが覆るのもうれしい。
 日によって異なる起点を決め、気ままに経巡(へめぐ)りながら時代や歴史に出会い、土地の深層に分け入ってゆく。狛江では、万葉と江戸と多摩川が結ばれていることを発見、「痛む足を引きずりつつ、筏(いかだ)道をもどった。しかし今日見つけたもので、ふところはあたたかかった」。三鷹天文台から深大寺を歩けば、武蔵野台地と水と人間との結びつきに思いを馳(は)せる。吉祥寺をぶらぶら歩きながら想念に浮かぶのは八百屋お七、江戸の暮らし−目線の設定、興味や想像力の運用ひとつで、土地はかくも豊かな顔を見せるのだ。
 京王線の中河原駅で降り、府中郷土の森を歩いた日。訪れた小学校や町役場、郵便局、展覧会などを振り返り、かつて新米編集者時代に出会った民俗学者・宮本常一、モダニストの詩人・村野四郎への畏敬をふくらませ、記す。
「それらの古い都市と、私の目の前に開かれている新しい街の間をどうやってつないでいったらいいのだろう」
 無限に広がる時空間と、そこに身を置く自身との関係をきりりと引き絞る一文。武蔵野を歩くこともまた、著者にとっての都市論なのだろう。
 全三十編、三十の武蔵野。独歩は武蔵野について、美というより「詩趣」といいたいと書いた。本書に描かれる武蔵野には、散策する人間の趣がじんわりと染みている。
(冬青社・1760円)
1939年生まれ。評論家。著書『モダン都市東京−日本の一九二〇年代』など。

◆もう1冊

国木田独歩著『武蔵野』(新潮文庫)。武蔵野の美を知らしめた不朽の名作。

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