<カジュアル美術館>芽 寺田政明(てらだ・まさあき) 板橋区立美術館

2021年4月25日 07時08分

1938年 油彩・カンバス 116×90.3センチ

 絵のど真ん中に、謎の物体がある。ロシアの首都モスクワで、これに似た風景を見たような…。「赤の広場にあるタマネギ頭の聖堂だ!」。そう思って近づいたら、大ハズレだった。
 赤褐色の暗い画面に目を凝らす。なにやら生き物めいている。てっぺんには、ナメクジのような触角がうごめく。視線を下げていくと、キノコや二枚貝っぽいものが。左にある出っ張りは、魚の尾ひれだろうか。
 「鑑賞に来た子どもたちは、『これ何だろう?』と絵の前でガヤガヤし始めます。そんな力がある作品です」と板橋区立美術館の弘中智子(さとこ)学芸員はほほ笑む。物体は後光に照らされ、中央部は青白い燐光(りんこう)を放つ。よく分からないけれど、どこかユーモラス。見ているうちに面白くなってきた。

30歳前後と思われる寺田政明のポートレート

 作者は戦前戦後を生き抜いた昭和の前衛画家、寺田政明(一九一二〜八九年)。北九州の生まれで小学生の時、崖から落ちて足に障害が残った。中学校や師範学校の入学許可が出ず、進学を断念。十六歳で絵を学ぶため東京に出た。二十代で、貧しく若い芸術家が集(つど)ったアトリエ村、通称「池袋モンパルナス」に移り住み、仲間と切磋琢磨(せっさたくま)した。
 輝くような笑顔のポートレートが残る。「知り合ったばかりの人を自宅に誘うような社交的な性格。明るく誰からも好かれたそうです」(弘中さん)
 「芽」と名付けたこの作品の完成後に長女、その名も夏芽(なつが)さんが生まれた。続いて長男誕生。俳優の寺田農(みのり)さんだ。東京大空襲を辛くも免れ、敗戦間近には次女史(ふみ)さんが産声を上げた。
 新しい命に恵まれた一方で、上海で戦病死した親友の靉光(あいみつ)など、親しい芸術家が次々と早世した。ロウソクを前に二匹のネズミが語らっている作品がある。絵本の一ページかと見まごうが、これは「ネズミたちが亡くなった友人を悼んでいる」絵なのだという。

「灯の中の対話」1951年 油彩・カンバス 65.5×91センチ

 生涯描いたモチーフは動物や鳥、植物などの生きもの。「画家にとって、生きることが何より大事だった。命を描き続けたのだと思います」と弘中さん。「命あるものを大切に」が口癖で、ボウフラがわいても「鳥の餌だから殺してはいけない」、蚊も「たたくな」と言っていたそうだ。
 きっとこの作品で描きたかったのは芽吹くエネルギー。そう思うと、暗い背景が大地や血液の色にも思えてきた。暗褐色の闇から命がわいてくる。不気味で奇っ怪。でも、必死に生きようとしている。人間も同じ。その姿が、けなげでいとおしい。

<あすから臨時休館>

◆みる 板橋区立美術館は都営三田線「西高島平」駅から徒歩13分。「芽」は、企画展「さまよえる絵筆」展で5月23日まで展示中。ただし、緊急事態宣言発令を受け、今月26日から臨時休館する。開館状況は同館の公式ホームページで確認を。または同館=電03(3979)3251=に事前に問い合わせを。
 文・出田阿生
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