週のはじめに考える 目線上げ、遠くを見よ

2021年4月25日 07時13分
 もう三十年ほども前、ケニアで野生動物を観察するサファリを経験する機会がありました。天井が持ち上がるワゴン車から頭を出して、遥(はる)か遠く地平線まで続くサバンナに目を凝らすガイドの青年。やがて「あそこに〇〇がいる」と動物発見を告げるので、そっちを見る。が、何も見えない。双眼鏡をのぞく。やはり見えな…あっ、見えた! そんなことが何度かあって、一体この男、どこまで遠くが見えるのか、どんな視力をしているんだと舌を巻いたものです。

◆先の先まで見通す「視力」

 閑話休題。最近、米紙にメジャーリーグの改革案の話が載っていました。ファンが見たいのは二塁打や三塁打なのに、今季の三振の割合は24%超、一九九二年比で10ポイントも高くなっているのだとか。この「投高打低」への対策として浮上したのが、何とピッチャーのマウンドを後方に下げるアイデアだというのです。メジャー人気は堅調、改革にはやる必要はなさそうですが、リーグ側には「今のままでは、未来の客である、より若い層を魅了できない」との危機感があるのだといいます。
 伝統的な本塁−投手プレート間の距離一八・四四メートルをいじることには賛成できませんが、遠い先まで見通して改革の手を打とうとする姿勢、その「視力」には感心します。
 さて、先々と言うなら、私たちの現下の最大関心事はいつ、どんな段取りでコロナ禍を脱し、以前の日常に戻れるのかということにつきます。
 この点、バイデン米大統領は三月に国民向けテレビ演説でビジョンを説明しています。曰(いわ)く、五月一日までに全成人をワクチン接種対象とするよう各州に指示する。あれこれが上首尾にいけば、七月四日の独立記念日はコロナからの「独立」の日にもなり得る、と。
 この演説を受け、夏の休暇旅行を計画する人が急増。その結果、航空料金が上昇しているとやはり米紙が最近、伝えていました。

◆近視眼的、場当たり的

 一方、菅首相からは一向に見通しが示されません。五輪の聖火は各地を巡り、開幕は三カ月後に迫るのに、感染は収まるどころか急拡大中。一体どう感染を制御し、どう五輪を開くつもりなのか。
 感染収束のカギとなるワクチンも接種は緒に就いたばかり。当初は「二〇二一年前半までに」としていた「国民全員分の確保」は、先日の米製薬大手との交渉でやっと「九月までに」。もっとも「契約」ならざる「合意」や「基本合意」、「確保」や「供給」といった曖昧な言葉が飛び交うのみで、肝心の「接種」のスケジュールはなお不透明です。日本のコロナからの「独立」の日がいつごろになるのか、見当もつきません。
 ただ、先を見越した対応ができなかった面はあるにせよ、外国製ワクチンの確保、国産ワクチン開発の出遅れについては、欧米諸国に比べ桁違いに感染者数が少なかったことを考慮すべきでしょう。
 それでも、緊急事態宣言を出すのが遅すぎたり、逆に解除が早すぎたりと、近視眼的、場当たり的対応が目立ったのも確かです。ついには三度目の緊急事態宣言を出す状況に。五輪迫る中、まさか前任者よろしく、感染は「アンダーコントロール」と言い張るわけにもいかないでしょう。
 もし政治が近視眼的でなく、先の先を見てくれていたら、と思うことはコロナ対応ばかりではありません。指にたこができるほど書いてきたことですが、福島の原発事故を契機に一気に再生可能エネルギーへの転換を図れなかったこともその一つ。もっと遠くまで見通す視力があれば、十年後、米国の新政権に煽(あお)られて「再エネ、再エネ」とバタバタする今の日本の姿が見えたことでしょう。
 教育にせよ科学研究にせよ、多くの分野の政策で、昨今はむしろ「すぐ」成果が出る、「すぐ」役に立つ、といった目先のことにこだわる傾向が強まっている気がします。政治が、経済方面からの要請に迎合している部分もありましょうが、遠い先を見通した息の長い政策では、目先の選挙のプラスにならぬと踏んでいる節も。「大事なものは目に見えない」とサン=テグジュペリは言いましたが、即、有権者にアピールできる「目に見える」成果こそが大事、ということなのかもしれません。

◆コロナ、五輪、総選挙

 もし、本当にそうなら、げんなりですが、その意味では、衆院任期満了が秋に迫り、解散のタイミングを探っているらしい首相が今後、コロナや五輪にどう対するか大いに気になるところです。
 この不確実性高まる時代を生きるとは、いわば、立派で丈夫な橋ではなく、細い丸太の一本橋をおっかなびっくり渡っていくようなもの。その時、足元ばかり見ているのでは無事の渡河はおぼつきません。政治もせいぜい目線を上げ遠くを見通してほしいものです。

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