池袋暴走事故遺族の松永さん「僕は度胸がない」 妻の指輪と臨む被告人質問

2021年4月27日 06時00分
 東京・池袋で2019年4月、乗用車が暴走した事故で妻と娘を亡くした松永拓也さん(34)は何度も記者会見に出て、自分の思いをはっきりと訴えてきた。だが、今年3月、記者と2人きりの取材では「僕は、度胸がないんです」と苦笑いした。勇気が必要な時は、妻真菜さん=当時(31)=の婚約指輪と結婚指輪を胸に忍ばせる。27日から始まる刑事裁判の被告人質問でも、指輪とともに法廷に臨む。(福岡範行)

松永真菜さんの婚約指輪(手前)と結婚指輪

◆度胸のなさはプロポーズでも

 会見以外の場で話す時、松永さんはよく照れたような、穏やかな笑顔を見せる。わずかに肩をすぼめるような姿勢も多い。人前に出るのが得意な、度胸のある性格では、たぶんない。
 度胸のなさは、14年5月4日、真菜さんへのプロポーズでも表れたという。真菜さんを東京湾のディナークルーズに誘い、船の甲板でバラの花束を渡しながら伝えようと計画した。
 しかし、いざ出航してみると、甲板には人、人、人。「想定外だったんですよ。ドラマみたいに静かな甲板でやる予定が、わいわいしていて言いづらくて」。タイミングをつかめぬまま、2時間ほどのクルーズの終わりが迫る。その時の写真には満面の笑みの真菜さんと、緊張で表情が固まった松永さんが写っていた。

2014年5月、プロポーズの直前に真菜さん(左)と写真を撮った松永拓也さん(右)(本人提供)

◆慌てて伝えた結果は

 船が港に着き、甲板から乗客の姿が消え、下船を促すアナウンスが流れた。松永さんは慌てて真菜さんを「着いちゃったけど、ちょっと聞いて」と引き留め、伝えた。
 「本当に頼りない男だけど、あなたを幸せにしたいっていう気持ちは誰にも負けません。結婚してくれませんか」
 真菜さんは突然の出来事に混乱した様子だったという。返事をもらう前に「とりあえず下りよう」と船を下り、誰もいなくなった港でもう一度プロポーズした。「『信じられない』って泣いて喜んでくれました」

◆指輪はサプライズじゃなくても

 婚約指輪は、真菜さんの指のサイズを聞き、後日、1人で「ちょっと背伸びして」、東京・表参道の店に行った。リングの形を松永さん自身で選びたかった。おおよそのサイズで事前に買うことは考えなかったのかと尋ねると、照れ笑いを浮かべた。「器用さがないんです、僕は。真菜からしたらサプライズ感がなくて、微妙だったかもしれない」

妻・真菜さんの指輪のネックレスを持つ松永拓也さん

 婚約指輪は、ダイヤの台座がリボン形になったかわいらしいデザインに。結婚指輪は同じ店に2人で行って買った。少しねじれたデザインのリングに、2人の名前と結婚記念日を刻んだ。真菜さんは2つのリングを並べてはめて「合わせると、かわいい」と気にいってくれた。

◆刻まれた幸せな日々の証し

 長女の莉子ちゃん=事故当時(3)=が生まれると、真菜さんは毎日、育児日記を付け、食事もおやつも手作りした。真菜さんの結婚指輪には無数の水仕事の跡が残っている。食卓で手料理を食べる時、莉子ちゃんの希望で、よく3人一緒に手をつないだ。手を離すタイミングは、莉子ちゃんの「せーの」という掛け声だった。
 そんな、ささやかな幸せが詰まった日常は交通事故で一変した。松永さんとのテレビ電話の20分ほど後、真菜さんと莉子ちゃんは車にはねられ、亡くなった。

◆「こんな理不尽、起きちゃだめだ」

 事故から5日後、葬儀場から出てきた松永さんは、背が丸まり、顔は青く、憔悴しょうすいしていた。事故直後には、2人を失った絶望から自死も考えたという。「2人の命を無駄にしない」と、交通事故の再発防止活動をしながら生き続けることを決めた今も、午前4時まで寝られない日もある。
 それでも、活動は止めず、「本当は怖い」という人前に立ち続ける。「だって理不尽じゃないですか。たった0・1秒、0・2秒で、命はなくなるし、残された人は一生引きずる。こんな理不尽なこと起きちゃだめだと思うんですよ。だから(交通事故は)なくさないといけない」。

硬い表情で思いを語る松永拓也さん=東京都豊島区で

◆指輪が消した不安

 真菜さんの2つの指輪は、事故後にひもに通し、ネックレスにした。記者会見では首から提げる。自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長飯塚幸三被告(89)の刑事裁判でも毎回、お守りにして身に付けている。
 「憎しみにとらわれたら、2人が心配する」と考え続けてきた。飯塚被告と間近で対面することになる20年10月の初公判前は、「怒りでわれを失ってしまうんじゃないか」と不安だった。だから、服の上から指輪に手を当て、真菜さんと莉子ちゃんに向けて「大丈夫だよ。心配しないでね」と語りかけた。お守りが効いたのか、飯塚被告を見ても、心は乱れなかった。

◆被告人質問の意味

 ただ、公判を重ねるごとに裁判に参加する苦しさは増した。「車の不具合」があったという被告側の無罪の主張と、検察が示していく証拠との矛盾を感じ、被告への「なぜ」という思いを募らせた。
 その疑問への答えは、27日から始まる飯塚被告への被告人質問で掘り下げられる。事故が起きた原因に迫れる可能性もある。運転手として事故直前に何を考え、どう動いたつもりだったのかを語れるのは、飯塚被告だけだ。

◆「次、起きないように」に生かすために

 松永さんは、飯塚被告が実刑になるかどうかだけでなく、裁判所が事故原因をどう認定するのかにも注目している。「例えば踏み間違いだとしたら、間違えないためにはどんな技術が必要か議論されてほしいし、もし仮に、車の不具合とジャッジされたら、その対策をとっていく。それが非常に大事だと思っています」

莉子ちゃんのおもちゃが残る自宅で交通事故防止への思いを語る松永拓也さん=東京都豊島区で

 27日の被告人質問は検察と弁護人が行う。松永さんは後日の公判で自ら質問に立つ。きっと緊張する。指輪を通じて、2人に力をもらうつもりだ。
 決意は揺るがない。一気に、やや早口で吐き出した言葉に熱がこもった。「死亡事故は日々、起きているんですよ。それが起きなければ、被害者も加害者も、遺族も加害者家族も生まれないんですよ。次、起きないようにを考えないと、永久に繰り返されるんです」

池袋暴走事故 起訴状などによると、飯塚被告は2019年4月19日正午すぎ、豊島区東池袋4の都道で、ブレーキと間違えてアクセルを踏み続けて時速約96キロまで加速し、赤信号を無視して交差点に進入。横断歩道を自転車で渡っていた近くの松永真菜さんと長女莉子ちゃんをはねて死亡させたほか、通行人ら男女9人に重軽傷を負わせたとされる。

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