<トヨザキが読む!豊﨑由美>一気読み必至 驚異の物語 手塚治虫×桜庭一樹 不朽の名作、最高の後継者でよみがえる

2021年4月26日 07時08分

『小説 火の鳥 大地編』朝日新聞出版・上 1760円・下 1870円

 『火の鳥』といえば、その血を飲めば永遠の命が得られるという伝説のフェニックスを追い求める人々が、古代から未来まで、地球や宇宙を舞台にさまざまなドラマを生み出す、手塚治虫畢生(ひっせい)の大作。わたしが一番好きなのは奈良時代を舞台に、悪人であった我王が仏師としての才能を開花させることで改心、悟りを開くさまを描いた「鳳凰(ほうおう)編」なのですが、どのパートも、火の鳥を通して生命や平和の尊さに触れることができる壮大にして繊細な物語になっていて、決して古びない不朽の名作というべきでありましょう。
 この、手塚先生が活動初期から晩年にかけてずっと描き続けていたシリーズには、しかし、構想しつつも実現できなかったパートがいくつかあります。そのひとつ「大地編」を、人気作家・桜庭一樹が小説化したというのですから、これは事件。漫画ファンも小説ファンも無視できない大事件なのであります。
 時は一九三八年、ところは日本占領下にある上海。キャセイ・ホテルで開かれている華やかなパーティーに颯爽(さっそう)と登場するのは、關東(かんとう)軍将校の間久部緑郎。この野心満々な若者が、かつて中央アジアで栄えたものの十六世紀に滅びた楼蘭付近に生息するという火の鳥の調査隊長に任命されるシークエンスから、この物語は始まります。
 資金源は、財閥総帥の三田村要造。緑郎の弟で共産主義に共鳴する心優しい正人、その友でありながら実は上海マフィアと通じている美青年のルイ、滅亡した清王朝の皇女である愛新覺羅顯〓(あいしんかくらけんし)こと川島芳子、西域の砂漠地方から来たというウイグル語が話せる謎多き美女マリアを伴った調査隊は、旅の途中で火の鳥の力を兵器に利用しようとたくらむ猿田博士を拾って、苦難の末にようやく楼蘭の廃虚にたどり着きます。ところが、そこでマリアが緑郎らを襲撃。その意図を知るために自白剤を用いると、驚くべき真実が明かされるんです。
 と、書評子たるトヨザキは上巻第二章「タクラマカン」までしか粗筋を紹介することができません。以降展開する驚異の物語は、これから読む皆さんのものです。言えるのは、本編に入る前の「プロローグ」で猿田博士が天を見上げてほえる<逃げろっ、世界!>の意味がわかる下巻後半まで一気読み必至だということ、桜庭さんによる手塚漫画のせりふ回しのパスティーシュが完璧であるということ、『火の鳥』が最高の後継者を得てよみがえったということなのです。
<とよざき・ゆみ> 1961年生まれのライター・書評家。「週刊新潮」「婦人公論」などさまざまな媒体に連載を持つ。主な著書に『ガタスタ屋の矜持(きょうじ)』『まるでダメ男じゃん!』『ニッポンの書評』、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(共著)、『石原慎太郎を読んでみた』(同)など。
※ 〓は王へんに子
*次回は5月31日掲載予定です。

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