池袋暴走事故 飯塚被告「アクセルペダルが床に張り付いて見えた」【被告人質問・詳報】

2021年4月27日 19時06分

14:15 思わざる加速に

 「パニックが続いた」という飯塚被告は、前方を見ると、「交差点には赤信号と乳母車を押しているご婦人が右から左へ渡っていた」といい、ブレーキペダルを目いっぱいに踏み込んだ。しかし、「減速しませんでした。非常に抵抗感のある感触でした」。飯塚被告は当時の状況を「踏み続けている間に、すっと抜けるような感じ。抵抗感が急になくなったように感じました」と説明した。

飯塚幸三被告

 事故状況をとらえたドライブレコーダーには、「どうしたんだろ」と記録されていることを弁護人から問われると、「はっきりと覚えていない。思わざる加速になってしまい、非常に驚いて発したんだと思う」と答えた。
 ここで、弁護側から事故現場の地図が示され、法廷に設置されたモニターに映し出された。加速が始まった時点や車線変更をした地点を指で指示した後、赤いペンを持ち、しっかりした文字で「加速が始まった地点」などと書き込んだ。
 松永さんは手元に配られた地図を見て、しっかりと指で確認するなど証言の内容を聞きこんだ。

14:30 4点で記憶と違い

 飯塚被告は、自分の記憶とドライブレコーダーの食い違い4点について説明した。食い違いは①カーブを曲がりきってから左車線に入ったと思っていたが、カーブの途中で車線変更していた。②前方に自転車がいたと思っていたが、バイクだった。③1つ目の事故現場の交差点では、何かに接触したような気がしたものの衝突は避けられたと思っていたが、被害者と衝突していた。④2つ目の事故現場の交差点で、乳母車の女性が右から左に渡っていたと思っていたが、松永さん母娘が自転車で右から左に渡っていた。
 事故直後の様子では、自力で動くことができたか問われ、「できました」と答えた後、慌てて「できませんでした」と言い直した。胸や左足を痛めて救急隊に助け出された後、歩道で待機中に家族に電話したことや、入院中の検査でパーキンソン病ではないと確定したことも述べた。
 退院後は、脅迫状が届いたり、街頭宣伝で非難されたことも述べ「外に出るのが怖くなりました」と話した。
 被害の大きさを知ったのは、事故当日の夜だったといい、ひときわ小さな声で「松永さまの奥さまとお嬢さま2人がなくなられたと聞いて、大変なショックを受けました。ご冥福を祈る気持ちでいっぱいでした。最愛の奥さま、かわいいお嬢さまをなくされたご主人さまはもとより、ご親族のみなさまのご心痛やお悲しみを思って、いたたまれない気がいたしました」と当時の気持ちを説明。けが人の多さにも心を痛めたとも述べた。
 今の気持ちを問われると、けが人の状況を聞くたびに「大変、心がつらい思いをいたしました」と述べ、松永さん母娘については「今もってご冥福をお祈りする気持ちでいっぱい」とした。その後、11秒ほど沈黙し「裁判の間、私は自分の記憶に基づいて正直にお話ししたつもりでありますが、結果がどうあろうと、この悲惨な事故のことは重く受け止めてまいりたいと思います」と語った。

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