人間の復興をなすには 桐山桂一・論説委員が聞く

2021年4月27日 08時17分
 東日本大震災から十年。膨大な復興予算がつぎ込まれ、防潮堤や高台移転などインフラ整備がなされました。果たして震災復興は成功したのでしょうか。その問題点を点検したうえ、予想される首都直下や南海トラフの巨大地震に、われわれは何を備えたらいいのか。五十嵐敬喜・法政大名誉教授とともに考えます。

<総有> 「共同所有」の一形態。かつて村落共同体で所有し、山の管理や木材の利用などを構成員全員で行い、その利益を配分していた入会権が、その代表例。「共有」とは、持ち分権や分割請求権を認めない点で異なる。「現代総有」はこれを都市の中に再生しようという考え方。所有と利用を分離し、地域住民が一体となって地域全体の活用を行うという新しい所有権論である。

法政大名誉教授・五十嵐敬喜さん

 桐山 防潮堤の建設は岩手、宮城、福島の海岸に総延長約四百キロメートルにものぼります。
 五十嵐 三陸海岸が高さ数メートルから十メートルを超えるコンクリートの壁で覆われました。まるで現代版の「万里の長城」です。もちろん住民にとって安全になった面はありますが、美しいリアス式海岸の風景と海との生活が台無しになりました。
 建設をめぐり各地で住民とのあつれきを生みましたが、結局は行政に押し切られた形です。復興政策の目玉商品だった「住民主役」は軽視されました。
 桐山 もともと漁業がさかんな地域だけに、巨大なコンクリートの壁により陸と海とが分断されるイメージですが。
 五十嵐 「浜」という小さな漁業コミュニティーを持続させること、これが復興の大目標であった「創造的復興」のモデルになったと思いますが、誰もが反対しにくい「人命重視」の大命題に押し切られました。
 桐山 高台移転も半分に縮小されてしまいましたね。
 五十嵐 移転断念の世帯が相次いだ理由の一つは資金難です。宅地の引き渡しを受けても、高齢化でローンが組めない。完成までに長期間待機せねばならず、子どもの就職など家族状況が変化したせいでもあります。
 桐山 造成地にぽつんと一軒家という状況もあり、新たな限界集落との声もあります。
 五十嵐 開発すれば人が住むという高度成長期の幻想にすがりついていた結果ではないでしょうか。阪神大震災との違いは、被災自治体が人口減少地域だったことです。それでも広い道路や高いビル、大型商業施設など町を「立派」にすることに巨大な資金が投入されました。
 桐山 復興予算は三十兆円以上もつぎ込まれました。
 五十嵐 総額も問題ですが、復興事業は全額国の負担だった点も考え直さなければなりません。つまり自治体の負担はゼロです。ゼロなら欲しいものはつくるという欲望を生み出します。ただ維持管理費は自治体負担となるので、今後、これが重圧となっていくでしょう。
 もっとも開発は住民にとり救いの神となる点も見逃せません。震災で仕事を失った人々の前に空前の開発ラッシュが訪れます。建築・土木の作業だけでなく、宿泊施設や飲食店、店舗など地域全体の仕事や雇用、そして経済に影響を及ぼします。
 公共事業の宿命のようなもので、無駄といわれる事業が行われるのは、ここにも要因があります。復興事業が終わると、この仕事が無くなるので、この点も、今後が心配になります。
 桐山 つまり復興事業は持続可能なものではないと。
 五十嵐 復興は十年という驚異的なスピードでなされた。あっという間に、学校や病院ができ、高層の復興住宅ができました。でも持続可能性の点で見ると、膨大な資金、圧倒的な人数をつぎ込んでも、肝心な「人口減」は止まりません。
 春のワカメ、冬のカキなどの漁業は三陸地方独特の風土を形成していました。漁港や漁船は立派になったが、肝心の漁業者が減っています。林業も農業も商業も同じ傾向にあります。このままでは「自治体消滅」のような事態を招きかねません。
 桐山 人間の復興という意味ではどうでしょう。
 五十嵐 スローガンは創造的復興でしたが、結局は「昭和の経済成長」と同じ型だったのではないでしょうか。震災前にあった人々の濃厚な「つながり」「コミュニティー」は希薄化し、祭りなどは縮小か中止という事態が続出しています。
 ゼネコンは大きな利潤を上げても住民が真に安心して暮らせる状態は実現していません。人口減少が続く「二十一世紀半ばの日本」の設計図を描けなかったことが最大の課題でしょう。
 桐山 首都直下や南海トラフの大地震が予想されます。東日本大震災の復興から教訓を得るなら、どんなことでしょう。
 五十嵐 復興の失敗の原因は、どのように復興をするか、大災害が起きてから考えなければならなかった、ということです。住民も自治体もそして国すら避難、救助、仮設住宅の建設などの目の前の作業に追われて、腰を落ち着けて未来のことを考える余裕がありませんでした。
 だから、震災が発生する前に災害が起きたらどうするか「事前計画」を定めておかなければならない。とくに災害弱者である子どもや高齢者が痛手を受けます。必ずしも便利で機能的なデジタル社会を希望してはいません。ボタン一つだけの生活よりも、「このままでいい」という高齢者も多いわけです。
 桐山 事前の復興計画にも思想や哲学が必要です。重く考えるべきことは何でしょう。
 五十嵐 根本的には人は一人では生きていけない。一人では死んでもいけない、ということです。災害の場合はとくに人と人のつながりを維持し創る。さまざまな「縁」を手掛かりに、生活や人生にとって何が幸福かを追求する。私はこれを「現代総有」と呼んでいます。
 桐山 「総有」とは、昔あった入会権(いりあいけん)のようなものですね。
 五十嵐 都市型社会では少し異なります。土地は居住や生産の拠点です。しかし各人が自由に使ってよい、放置してもよいとなれば都市は成り立ちません。そこで土地利用を個人に委ねるのではなく、共同で利用し、みんなで事業を営み、利益を構成員に分配するという方法で、まちづくりをしていきたい。
 国と個人の中間に、地域住民を主体にした総有組織をつくり、ここが起点になって町をつくる発想です。この十年、被災地の成功例を見ると組合や株式会社など形はいろいろですが、ほとんどが現代総有の中間的で自発的な組織をつくり、地域が一体となって活動していました。これは未来につながる復興の新しい光なのではないか。こんな「協同」の視点がないと持続可能な復興は困難だと思います。
 桐山 二〇四〇年には人口は一億一千万人に減り、いずれ江戸時代の三千万〜四千万人の人口に戻るとも…。つまり開発の発想ではいけないと。
 五十嵐 江戸時代には都市の長屋、農村の惣(そう)に見られるように、人々は共同体的な連帯感を持ち、土地や建物を共同利用していました。その中で森や川、地形を生かした町づくりがなされ、エコロジカルな自然との共存が図られました。
 約二百六十年も続いた平和は、祭りや行事など地域文化も飛躍的に発展させました。「人間の復興」という言葉をそこにイメージできないでしょうか。岩手県は宮沢賢治の幸福論を復興の最大目標に掲げました。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の言葉は普遍的な真理と思います。
<いがらし・たかよし> 1944年生まれ。山形県出身。早稲田大法学部卒。弁護士。元内閣官房参与。専門は都市政策。著書に『都市法』(ぎょうせい)、『現代総有論』(編著、法政大学出版局)など。近著に『震災復興10年の総点検』(共著、岩波ブックレット)。

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