社会人として「ゼロ」じゃないアスリートたち 引退後のキャリアを考える

2021年4月28日 06時00分
 現役引退後のセカンドキャリアに不安を抱くアスリートは少なくない。「社会人としてはゼロからのスタート」と受け止めがちだ。ただ、大事な試合で結果を出すための準備や練習への取り組み方など、競技を極める中で培った体験やノウハウは、ビジネスの現場でも役立つのではないか。こうした視点からキャリア形成を捉え直す考え方がスポーツ界で広がっている。2月から今月まで開講されたオンライン形式の「アスリートキャリアオーナーシップアカデミー」をのぞいてみた。(兼村優希)

◆引退後も変幻自在に

 「アスリートとしての今までの経験を食いつぶす生き方ではなく、それをてこにして次を考える人生を歩んでほしい」。2月中旬の3回目の講義で登壇した法政大キャリアデザイン学部の田中研之輔教授が呼び掛ける。受講者は、サッカーや競泳、自転車など13競技の現役選手や元選手34人。五輪代表などトップレベルがそろうが、多くが「競技がなくなったら自分には何もない」など今後の不安を口にする。
 田中教授が研究するのは「プロティアン・キャリア」論。1970年代に米国で提唱され、環境の変化に応じ自らも柔軟に変わって対応するキャリアモデルを指す。プロティアンは変幻自在を意味する。田中教授は、選手らが厳しい練習を継続する粘り強さや高い目標をクリアする実行力、コミュニケーション能力などを備えていると説き、「世の中を生き抜く基本的なスキルが高い」と鼓舞した。

◆競技経験はビジネスチャンス

 アカデミーは、スポーツ界の採用・転職支援を行う「HALF TIME」と総合人材サービス「パーソル」が共同で運営。全12回の講義を通し、単にビジネスの知識を教えるだけではなく、自分を知り、可能性を模索してもらうことに力を注ぐ。
 4月の修了式では、受講者らが「社会で起きていることと自分や競技との関わりを探し、ビジネスにつなげられるよう考える習慣をつける」などと抱負を発表。アカデミー学長の大浦征也さん(パーソルキャリア執行役員)は「アスリートとして培ったものとビジネスとの共通項を見いだせると、一気にキャリアが開ける」。潜在能力を活用するコツを伝えた上で「選手同士でも気づきがあるはず。競技を超えて交流し、強みや課題点に気づける場にしたい」と願う。

◆30歳前後がハーフタイム

 笹川スポーツ財団の2014年の調査によると、五輪選手の現役引退年齢の平均は29・9歳で、男性は31・1歳、女性は26・9歳だった。社会人でいえば10年目前後の中堅にあたる時期に、大きな岐路を迎えることになる。
 アカデミーは6月下旬から第2期を開講する。アンバサダーでサッカーの元日本代表、鈴木啓太さんは、アスリートらの腸内細菌を研究するベンチャー企業を立ち上げ「競技でやってきたことは、言葉を変換することで社会に生かせる。アスリートの力を引き出すためにこうした支援は必要」と期待する。

オンラインで講義を受けるアスリートら=HALF TIME提供

   ◇     ◇

◆アカデミー参加のアスリートは…

 アカデミーには、東京五輪・パラリンピックを控える選手や、引退時期を考え始める選手などが参加した。
 自転車トラック種目の東京五輪代表、新田祐大(35)=日本競輪選手会=は「競輪一本でやってきて、スキルもない」と危機感を抱く。東京五輪の延期が決まった直後にビジネススクールに入ったが「負荷が強すぎて」と挫折。今回は日本代表の仲間と参加し、内容を他選手にも共有して学びを深めている。「今から準備し、いざ辞めるときに少し早歩きで進められればいい」
 柔道でリオデジャネイロ五輪銅メダリストの羽賀龍之介(30)=旭化成=は、スポンサー集めに苦戦する他競技の話を聞き、「引退後も社員として雇用される柔道は、まだ恵まれた環境にある」と実感。具体的な今後のキャリアはまだ描けないが「引退してからやることと、現役中にやるべきことが分けられるようになった」と手応えを語る。
 競泳で東京パラリンピック代表に内定している木村敬一(30)=東京ガス=はパラアスリートで唯一参加。競技に専念できる環境は自分の世代から整ってきた半面、セカンドキャリアは未知数な部分が大きい。「最初にぶつかっている自分たちが、切り開かないといけない」。積極的に発言する他のアスリートを前に、「みんな意識が高い」と戸惑いつつ、自分を知ることから地道に取り組むつもりだ。

関連キーワード

PR情報