<名勝小金井桜 復活の光と影>(上)昭和の風景 もう一度

2021年4月30日 07時19分

玉川上水堤のサクラ並木はヤマザクラのため、ソメイヨシノより開花が遅い=小金井市で(3月31日撮影)

 玉川上水に沿ったヤマザクラ並木「名勝小金井桜」を、かつて関東一と称された姿に復活させようという計画を、十年前から小金井市域を中心に都と同市などが進めている。上水を管理する都水道局が一部区間で土手に生えた樹木を「皆伐(かいばつ)」したため、環境保護団体は「生物多様性の時代に逆行する」と反対。計画は現在、中断している。推進派と反対派に歩み寄る余地はあるのか。(この連載は花井勝規、林朋実が担当します)
 「雑木がうっそうと生い茂っていた土手がきれいになり、下草も生えてきた。これが小金井桜と玉川上水の本来の風景です」
 サクラの保全に取り組む市民団体「名勝小金井桜の会」の小沼広和会長(72)がほほ笑んだ。脳裏に浮かぶのは、上水の土手で家族が花見を楽しんだ昭和三十年代の風景だ。当時は今あるフェンスがなく、土手へ自由に出入りできたという。
 小金井桜のヤマザクラの並木は、江戸時代中期の一七三七年ごろ、幕府の命で小金井橋を中心に上水の両岸に植えたのが始まり。吉野山(奈良県)など各地のヤマザクラを取り寄せた。浮世絵にも描かれ、江戸近郊で一番のサクラの名所になった。一九二四(大正十三)年には、現在の小平市の小川水衛所から、小金井市、西東京市を経て、武蔵野市の境橋までの六キロが国の名勝に指定された。

明治30年ごろ撮影された「小金井橋の景」。手彩色されている=小金井市提供

 環境が変わったのは六五年だ。淀橋浄水場(新宿区)が廃止され、上水の水流が止まった。上水管理の停滞で荒廃が進み、雑木が繁茂していった。
 これに先立って五四年には都立小金井公園が開園した。現在千七百本のサクラを誇る同園が、都内有数のサクラの名所に取って代わった。
 小沼さんは二十五年ほど前、小金井市職員として小金井桜をテーマにした市民講座を企画したことをきっかけに保全活動に関わるようになった。当初は「負担を嫌がる空気が市内にあった」と振り返る。サクラの保護には手間がかかるからだ。市民から「寝た子を起こすな」と陰口をたたかれたこともあった。
 二〇〇三年、玉川上水が江戸、東京の発展を支えてきた歴史的価値を有する土木施設・遺構として国の史跡に指定され、追い風が吹いた。史跡整備の一環で小金井桜の再生計画が具体化した。名勝指定当時は約千四百本あったヤマザクラは一一年には七百八十六本まで減少。補植などの努力を続けているが、現在も九百十三本にとどまる。
 小金井市の西岡真一郎市長は「小金井桜は二百八十年にわたり継承されてきた貴重な国の財産だ。管理が行き届かず、枯死の危機にあるサクラの保全は私たちの使命だ」と力を込める。
<玉川上水> 江戸初期の1653年、江戸市中に多摩川の水を供給するため建設された導水路。羽村取水口(羽村市)から四谷大木戸(新宿区)までの全長約43キロ。現在も現役の水道施設として稼働する上流部(小平監視所まで)より下流は1965年から送水を停止していたが、86年の清流復活事業で下水の高度処理水を利用した水の流れが復活した。

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