「これは本当に医療なのか」作家で医師の夏川草介さんが見た新型コロナ第3波の現場 小説「臨床の砦」緊急出版

2021年4月30日 17時00分
 医師が主人公のベストセラー小説「神様のカルテ」などで知られる作家で、消化器内科医の夏川草介さん(42)=長野県=が、新型コロナウイルスの診療現場を描いた小説「臨床のとりで」(小学館)を23日、緊急出版した。自身が同県内の感染症指定医療機関に勤め、「医療崩壊」ともいえる状況に直面した体験が、真に迫る筆致でつづられている。「対応の正解は分からないが、考える1つの材料になれば」と話す。 (世古紘子)

◆高齢者施設のクラスターや院内感染…追い詰められる主人公

緊急出版された『臨床の砦』

 舞台は、感染症指定医療機関という設定の架空の病院。新型コロナを診療する18年目の消化器内科医・敷島の目線で、今年1月3日から2月1日までを追う。感染症病床はすぐ埋まり、高齢者施設のクラスター(感染者集団)や院内感染が相次いで発生。主人公を追いつめる。現実の世界でも、長野県内はこの時期、感染者数が急増し「第3波」が到来。県独自の「医療非常事態宣言」が出た。
 小説は「現実そのままではないが、うそは書いていない」と夏川さん。ベッドがなく自宅待機となったり、涙を浮かべて入院を懇願したりする患者たち、家族の面会もかなわず袋に詰められて運び出される遺体、周辺の医療機関や行政の遅れた対応…。〈医療は(中略)すでに崩壊しているのではないか〉。作中、そんな問いが何度も出てくる。「これは本当に医療なのか、許されてよいのかと。医者として価値観がおかしくなってしまうのではと自分も悩んだ。書くことは、整理し、確認する作業だった」

◆「第3波で見た現場があまりに衝撃的で」執筆

新型コロナの患者の診療経験を基にした新刊で「困難にぶつかったとき、人間はどうあってほしかを書いた」という夏川草介さん=小学館提供

 執筆は、病院勤務後の1、2時間を使い、1月末から2週間で200ページ超を完成させた。1年以上前から新型コロナの診療に携わってきたが、今回思わず筆を執ったのは「第3波で見た現場があまりに衝撃的だったから」という。
 物語の終盤、敷島は、病院に地域を守る〈砦〉の意義を見いだす。と同時に〈第4波には通用しない〉と医療体制の改善も願う。夏川さんは「第3波では限られた医療機関にものすごい負荷がかかり、医療崩壊はあちこちで起こっていたと思う」と振り返り、医療機関や行政に対し「受け皿の病院を増やすなど、変化に対応する感覚を持ってもらえたら」と期待する。作品を通じ「今も耐えながら頑張っている人たちがいることが伝わってほしい」と語った。

 なつかわ・そうすけ 1978年大阪府生まれ。信州大医学部卒。2009年「神様のカルテ」で第10回小学館文庫小説賞を受けて作家デビュー。同書は10年本屋大賞2位にもなった。シリーズ化し(既刊5作)累計発行数は337万部。一部はドラマ、映画化されている。他に「勿忘草(わすれなぐさ)の咲く町で安曇野診療記」「始まりの木」など。

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