泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》『銚電乗りに銚子へ行こう!(前編)』

2021年5月12日 12時04分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

特急列車「しおさい1号」に乗って

 今回は久しぶりに千葉の銚子の方まで出かけてみたい。海べりあの町には銚子電鉄という人気のローカル鉄道が走っている。
 朝7時37分に東京を出発する「しおさい1号」という銚子行きの特急があるのでコレに乗ろうと思ったが、総武線の東京駅は地下駅でどうも写真映えしない。1つ目の停車駅、錦糸町駅から出発することにした。ここなら東京スカイツリーを入れこんだ写真も撮れるし、両国が出発点だった昔の総武方面への旅気分も高まるような気がする。

ビルの間に挟まれた東京スカイツリーを背景に、JR錦糸町駅周辺で撮影。これから「しおさい1号」に乗って、銚子駅へ向かいます。


 快速線使用の4番ホームに入りこんできた「しおさい1号」(7時46分)は、ブラックシェードのフロントウインドーに白と群青、黄の3色を配したボディーカラーの255系という車両。90年代にデビューしたJR特急の主力車両だが、そのデザインはなんとなくゴレンジャー以降の戦隊ヒーローの姿を思わせる。質感も《玩プラ》っぽいのだ。
 自由席の先頭車両は空いていた。荒川、新中川、江戸川を渡って千葉県入り口の市川駅を過ぎると、左窓の小高い所に松の木なんかを植えたお屋敷風の家がぽつぽつと見られるようになる。戦前から別荘地などに利用された、国府台から中山あたりにかけてのおちついた住宅街だ。

房総特急列車「しおさい」は、東京と銚子を結んでいる列車。これから約2時間弱かけて、車窓を楽しみながら列車の旅を堪能します。

 上空のモノレールがすっかり駅前風景に定着した千葉駅を過ぎて、東千葉のちょっと先でようやく田畑が視界に入った。四街道でまた宅地が盛り返すが、佐倉の駅からはいよいよ田舎じみてくる。山間で成田線と分岐して、八街。八街と書いてヤチマタと読む難読地だが、ウマいピーナッツの産地として知られる。最近はベットタウン開発も進んで、停車したホームの向こう側に快速を待つ通勤者の列が見えた。

都会の喧騒から離れた頃、いつのまにか車窓の田園風景が!天気もよく取材日和でした。

 しばらくこの八街で停車していたのは、線路が単線ということもある。駅を過ぎるとすぐまた狭い1本線路になって、先頭車両ゆえ、プウォンプ、ウォンウォン~というリズムカルな警笛(音色は昔の小田急ロマンスカーにも近い)が時折聞こえてくる。
 成東の先で外房側に出て、八日市場、旭、終点の銚子に着いたのは9時34分。降りたホームには、大きな醤油樽がドカンと展示されていた。<ようこそ!醤油のまち銚子へ>とある。

日本でも有数のしょうゆ産地と知られる銚子。電車を降りたら、真ん前に醤油樽が登場。

 駅の手前右手にヒゲタ醤油の工場が見えたが、もう1つ、ヤマサ醤油の本拠もある。
 さて、銚電に乗るのは後回しにして(朝方は1つ先の仲ノ町からしか出ていない)、駅前の広い通りを海側へと歩く。この町、15年くらい前にCS番組のロケで来たことがあったけれど、広々とした直線の駅前通りの景色は印象的だった。はるか前方に風力発電の風車が見えるが、これも銚子の街の特徴。来るときの列車の1つ前の松岸駅近くの山にも、何機かの風力発電機が設置されていた。地図を一見して、太平洋に鋭角的に突き出したこの辺は風の吹き抜けが良さそうな土地、と想像できる。

銚子駅周辺をぶらりと散策

 <日本初の修学旅行到達の地>なんていうマニアックな碑や東南アジアの三輪車・トゥクトゥクを並べたレンタカー屋もあったが、古建築で目にとまったのが新生町の県道ぞいに建っている「銚子市公正市民館」。大正14年(1925年)竣工のスクエアーな2階建コンクリートビルで、玄関先に濱口梧洞(ごどう)という人物の胸像が置かれている。それを眺めていたら、2階の窓からご婦人が顔を出して、
 「そこのヤマサの濱口さんですよ」

と、教えてくれた。見落としていたが、道の向かい側はヤマサ醤油の大工場である。梧洞氏はヤマサ創業家・濱口家の10代目にあたる人(儀兵衛の名も襲名した)で、この建物には夜間中学教室や図書館が入っていたというから、ヤマサ従業員の教育施設から始まった市民カルチャーサロン、みたいな場所だったのかもしれない。

今回のランチは、五色丼+金目鯛の煮つけ付き。他メディアでも取材されているほどの有名店。どれも絶品です。

 北方に少し行くと銚子漁港の一角に出る。すぐ向こうは海、と思ったら、この辺はまだ利根川の河口部にあたる。目当てにしてきた「浜めし」という海鮮食堂で、銚子名物の金目鯛の煮付け、ボリューム感たっぷりの五色丼(五色とは、マグロの中トロ、イクラ、ハマチ、ホタテ、イカの五色の魚貝)などをちょっと早めのランチにいただいて、銚電が走る内陸側に歩いていくと、《関東最東端の観音様》と謳われる飯沼観音(銚子大仏)や五重塔の立つ圓福寺がある。裏道に垣間見えた、か細い階段道を上って境内に入った。

「関東最東端の観音様」と言われる飯沼観音様と本堂。

 座高5.4メートルの青銅の観音(大仏)像はヒザや背中に太平洋戦争時に被ったという機銃掃射の弾跡が見られる。寺のHPには「銚子の市街は観音の門前町として発展した」と書かれているが、港にも近い所だから、漁や醤油の運搬をする業者の守り神的な観音様として親しまれていたのかもしれない。本堂前には、左にヒゲタ醤油、右にヤマサ醤油から奉納された醤油缶が風神・雷神のように置かれていた。ちなみにこの日は4月8日の花祭り(釈迦の誕生日)、甘茶を振る舞われた。実は僕の誕生日でもあり、苦甘い茶を口に含んだ瞬間、子供の頃、誕生日に近所の寺で甘茶を飲んだ記憶が甦った。飯沼観音の門前通りの先に銚電の観音駅がある。さぁ、いよいよここから銚電の旅の始まりだ。(次回へ続く)
※この記事は緊急事態宣言前の取材となります。



PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売される。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/




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