つまらない住宅地のすべての家 津村記久子著

2021年5月2日 07時00分

◆世界の縮図 10軒の家に
[評]横尾和博(文芸評論家)

 戦後、家族の姿は変遷を続けてきた。三世代居住から核家族や団塊世代のニューファミリー、高齢者や若者の単身社会へとその変化は現れた。本書はいま家族が置かれている象徴的な暗部を描きだした好著である。
 ある住宅地の路地に建つ十軒の家はお互いに没交渉で、静かに劣化が進む小さな共同体である。登場人物は多いが、その住民たちの心の動きを丹念に追い、人々の葛藤や苦悩、憎しみや哀(かな)しみを色濃く描くのが著者の手腕。俯瞰(ふかん)の視点から個々の深奥に迫る手法が彩りとなる。住人の世帯構成は独身者、高齢者夫婦、ひとり親家庭、放浪癖のため幽閉中の小学生など現代の影を象徴している。
 ある日、刑務所から女性受刑者が逃走し、故郷であるその住宅地周辺に向かっているとの報道が流れる。住民は異常事態に心が騒ぎ、逃亡犯の昔を知る人々も現れ、次第に関心が高まる。住民のひとりが防犯のための見張りを提案し、人々は不本意ながら交代制を組む。見張りを契機に住民同士の会話が始まり、人々の心は少しずつ開いていく。女性受刑者の人間像が凶悪犯ではなく、真面目な女性であったことも明らかになっていく。
 著者はこれまでもふつうの人々の暮らしと思いを描いて、読者を魅了してきた。ミステリタッチの本書が共感を呼ぶのは、生活の重圧のなかで、登場人物たちがささやかな生の意味を見出(みいだ)すことにある。人は格差、僻(ひが)み、憎悪、鬱屈(うっくつ)のゆえに心を閉ざす。だが「犯罪者」によって頑(かたく)なな人々の心がほどけていくさまは、外からの風が閉塞(へいそく)を破り、自分の生を考えなおす皮肉なきっかけを示す。
 人が緩やかに繋(つな)がるためには、生き方の違いを認め合う相互理解が肝要だ。自閉を破る力。それは個人、家族、地域共同体、国家をはじめこの世界全体の命題でもある。路地の十軒とは縮図であり、世界の比喩だ。一見わかりやすい文学は、逆に寓意(ぐうい)を解くのが難しい。閉塞を破る風はどこから吹いてくるのか。むしろ背後が気になった。
(双葉社・1760円)
1978年生まれ。作家。『ポトスライムの舟』で芥川賞。『浮遊霊ブラジル』など。

◆もう1冊

芹沢俊介著『家族という意志 よるべなき時代を生きる』(岩波新書)

関連キーワード

PR情報