阿佐田哲也はこう読め! 北上次郎著

2021年5月2日 07時00分

◆麻雀小説 圧巻の心理描写に迫る
[評]杉江松恋(書評家)

 阿佐田哲也『麻雀(マージャン)放浪記』が他のギャンブル小説と一線を画すゆえんは、優れた心理小説という点にある。
 この見事な着眼点を分析の突破口とし、日本文芸史上の特異点というべき作家の麻雀小説の全貌を明らかにするのが、北上次郎『阿佐田哲也はこう読め!』だ。一九七〇年代後半に執筆された『ドサ健ばくち地獄』を最高傑作と呼ぶ北上は、一九六〇年代末から刊行が開始された『麻雀放浪記』長篇四部作から同作までを一本の線で結び、さらに一九八〇年代に作風が変貌した謎までも解き明かしてみせる。これまでに書かれた阿佐田作品の評論の最高峰に位置するのが本書なのである。
 白眉は、フレデリック・モンテサー『悪者の文学』を援用しながら『麻雀放浪記』にピカレスク文学の性格が備わっていることを証明する第一章だろう。北上評論の中でも一、二を争う名文だ。その中中でも特にいいのが『麻雀放浪記』が「青春篇」と「風雲篇」だけでは不完全で、「激闘篇」を加えることで日本には類稀(まれ)なピカレスクとして成立するのだ、と説くくだりだ。時代に取り残された坊や哲を描くことで「激闘篇」には社会批判の要素が加わるのだと北上は説く。こうした観点から『麻雀放浪記』の全貌を眺めた評論は本文が初めてのはずで、「このような物語はおそらく二度と書かれない」という北上の述懐には深く共感するものがある。
 北上にはギャンブル評論家・藤代三郎という別の顔がある。だからこそ書き得た一冊ということもできるだろう。自身のギャンブル人生が阿佐田作品を知った日々といかに重なるかを回顧した文章が巻末に掲載されている。北上は阿佐田麻雀小説の特質は心理の読み合いにあるという。また負けることを承知で賭けに臨む心理がいかに作品で描かれているかを詳(つまび)らかにしている。そうした作品分析を行いながら、ギャンブルに惹(ひ)かれる自らの心をそこに重ね合わせてもいるのだ。人間はどうしようもなく愚かだが、だからこそ愛すべきなのだ、と本書は語りかけてくる。
(田畑書店・1540円)
1946年生まれ。文芸評論家。本名目黒考二。著書『書評稼業四十年』など。 

◆もう1冊

『色川武大(たけひろ)という生き方』(田畑書店)。阿佐田=色川の全集月報を再編集。

関連キーワード

PR情報