市本庁舎の移転 浦和、大宮主導権争いで足踏み 節目の年に動くか

2021年5月1日 07時38分
 合併当初からの「宿題」とされた、さいたま市役所本庁舎の位置について、清水勇人市長は今年2月、10年後の「合併30年(2031年)」をめどに現在の浦和区から大宮区のさいたま新都心地区(現バスターミナル)に移転する方針を初めて示した。市議会での浦和・大宮の主導権争いで足踏みが続いた問題が節目の年に動きだしそうだが、コロナ下での必要性を含め丁寧な議論が求められる。 (前田朋子)
 昨年十二月の本庁舎移転に関する市議会特別委員会。浦和区選出議員が「未来永劫(えいごう)、守っていこうという浦和市民の気持ちがこもった庁舎。(中略)現地で建て替える考え方もある」と訴えれば、大宮区選出議員は「大宮の立場からの意見を言えば、早く実行してもらいたい」と応じた。この問題を巡り、たびたび繰り返されてきた光景だった。
 浦和は文化・文教、大宮は商業と、異なる歴史と特徴を背景に発展してきた両市域。合併協議では新市名などを巡り激しい綱引きがあった。合併時の旧三市の協定書では、合併後の本庁舎の位置は「当分の間」は旧浦和市役所とし、将来的には、さいたま新都心の周辺地域が望ましいとされた。
 市の本庁舎整備審議会も一八年に同じ結論を出したが、市長が決断を下さなかったこともあり、議会では思惑の探り合いが続いた。浦和側には象徴を奪われる思いがあり、大宮側としては二十年来の約束が果たされず納得がいかない。この問題に限らず市議会では浦和・大宮の争いが頻繁にあり、それを一因に会派が分裂したこともある。
 ただ、合併から二十年を経て、それぞれの姿勢にも変化が見えてきた。旧市ではなく「さいたま市民」の意識を持つ住民が増え、縄張り争いよりも市全体の発展に向けた考えが求められるからだ。
 合併に反対だった旧浦和市域選出の議員は「感情論、費用対効果、将来的なまちづくり展望などが複合的に絡み合う問題。丁寧に進めなければ」と慎重ながら、新都心への移転は容認する意向だ。旧大宮市域選出の議員は「移転予定地は駅前の一等地。市役所ができても商業地大宮のにぎわいにつながらない」と主張。双方から、これまでとは異なる角度からの意見が出てきた。
 もっとも、コロナ下で多額の税金をつぎ込むハコモノ事業の必要性は問われる。四月下旬、さいたま市長選(九日告示)立候補予定者の演説を聴いていた女性(79)は「関心はコロナのワクチンがいつ打てるかで、対策にお金を使ってほしい。市庁舎のことばかり議論するなんて市民感覚とずれている」と苦言を呈した。
 最終的な着地点はまだ見えないが、旧市の立場を超えて多くの市民の納得と共感を得ていくことが、本当の意味での合併の完成に近づくことになる。今後本格化する市議会での論戦では、冷静で建設的な議論が望まれる。

◆さいたま市 1日で誕生20周年

 県内唯一の政令市、さいたま市は一日、市誕生二十周年を迎えた。この間に人口は三十万人近く増え、なお拡大を続ける。一日は記念フェアを予定していたが、新型コロナウイルス感染防止のため内容の一部を市ホームページで公開する形に変更した。
 さいたま市は二〇〇一年に浦和、大宮、与野の旧三市が合併して誕生した。〇三年に全国十三番目の政令市に移行。九つの行政区を置き、〇五年に旧岩槻市を編入して現在の十区となった。当初約百三万人だった人口は、一八年九月に百三十万人を突破。今年四月一日時点で百三十二万七千六百九十一人となっている。
 市はさまざまな大規模イベントの舞台となり、埼玉スタジアム2002(緑区)は〇二年のサッカーワールドカップ日韓大会、さいたまスーパーアリーナ(中央区)は〇六年のバスケットボール世界選手権の会場になった。同アリーナでは、国内外のアーティストのコンサートも数多く開催されている。一三年に自転車の国際大会ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム、一五年にさいたま国際マラソン、一六年には国際芸術祭さいたまトリエンナーレが初開催された。
 一一年の東日本大震災では、市内でも最大震度5強の揺れを観測。八千軒以上が停電し、四十件以上の建物被害(全半壊)があった。東京電力福島第一原発事故の直後は、さいたまスーパーアリーナで福島県民が避難生活を送った。

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