<民主主義のあした>環境政策にもの申す素人集団 フランスの「くじ引き市民会議」に世界が注目

2021年5月3日 06時00分

パリで昨年12月、マクロン大統領(正面(左)から3人目)と協議する気候市民会議のメンバーたち=AP

 地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」のお膝元・フランスの議会で、温室効果ガス削減に向けた新法案が審議されている。下地になったのは、無作為に選ばれた150人の市民による「気候市民会議」の提案だ。9カ月の議論を経て環境問題に詳しくなった委員らは、政府に辛口の意見も突きつけた。「くじ引き型の民主主義」として注目される取り組みは、各国に波及しはじめている。(谷悠己=パリ、三宅千智)

◆提案149項目、国会で審議中の法案に反映

 短距離の航空便廃止や熱効率の悪い住宅の賃貸禁止、環境の大量破壊「エコサイド」の罰則化…。仏国会で審議中の法案は、昨年6月に市民会議から受けた149項目の提案をほぼすべて網羅している。
 オンラインによる今年2月末の最終会合で、市民会議委員らは法案への満足度を採点。「2030年までに二酸化炭素(CO2)を1990年比で40%削減する国家目標を達成できるか」と問う項目では10点満点で平均2.5点と、手厳しい評価を下した。
 「提案はフィルターに通さず法案化する」。マクロン大統領の言葉とは裏腹に、提案の規制値や法案の表現が軒並み下方修正されたためだ。委員の建築家ウィリアム・オーカンさん(34)は「この法案で削減目標の達成は不可能だ」と批判。市民会議と歩調を合わせる環境団体による法案への抗議活動も高まっている。

◆議論深まり「目が覚めた」、政界に転じる人も

 オーカンさんは市民会議メンバーを引き受けるまで環境問題について「学校で学んだ以上の知識はなかった」と話す。それが、専門家のアドバイスを受けて議論が深まるうちに「地球が置かれた危機的状況を知り目が覚める思いだった」。今は航空機での出張をやめるなど生活様式を見直し、自身の年間CO2排出量を国民平均の半分以下の5トンに減らす努力を続ける。
 「鉄道の利用増や地産地消など各地域で可能なことを推進すれば、より積極的な環境対策を政府に迫れる」と考えたオーカンさんは6月の地方議会選への立候補を決断。他にも自治体の首長に就任したり、環境団体に加わったりして市民会議の経験を生かしはじめた委員は多い。
 市民会議開催の意義について、委員らはおおむね高く評価。元パイロットのパスカル・ブルクさん(62)は「政府に直接提案する機会は貴重だ。温暖化対策の緊急性を国民に伝えることができた」と振り返る。
 フランスに続き英国も昨年1月に無作為抽出による気候市民会議を創設した。スペインやドイツも導入を検討するなど世界的な潮流になりつつある。

◆札幌でも試行 「従来の議会より利害の影響受けづらいのが利点」

 日本でも札幌市が昨年11~12月に会議を試行した。無作為抽出された10~70代の男女20人がオンラインで4日間、脱炭素社会の実現を議論。温室効果ガス排出実質ゼロに向けて「住宅の断熱性能の飛躍的向上」「蓄電池の普及」などを求める意見が多数を占めた。結果は、今年3月に市が策定した気候変動対策行動計画に反映された。
 実行委代表の三上直之・北海道大准教授(環境社会学)は「気候変動対策のような長期的取り組みが必要なテーマは選挙でも争点になりづらく議会制民主主義には不得意な分野だ。利害に偏らない人々が熟議をして出した結果は政策にも活用できる」と述べる。
 パリ第8大学のイブ・シントメル教授(政治学)は「産学界の代表でつくる従来の会議よりも市民の多様な声を反映でき、利害関係者の影響を受けづらい利点がある」と説明。「環境問題や選挙制度のように目的がはっきりした施策の実現に活用する国が増えるだろう」と話している。

 気候市民会議 気候変動対策としてフランス政府が掲げた燃料税引き上げ案への反発から2018年11月に始まった「黄色いベスト運動」の要望を受け、直接民主主義実現に向けてマクロン大統領が導入を決めた。選挙人名簿などを基に職業や地域、年代ごとに男女比半々で無作為に選んだ25万人超に電話で趣旨を説明し、賛同者から委員を選んだ。政府諮問機関の下部組織として19年10月に発足し、7回の会合を開催。昨年6月、政府に対し149施策を提案した。

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