市場にほぼ出ない幻の梨「稲城」 都内の農家が守る味「さわやかさが口の中を駆け巡る」

2021年5月3日 07時03分

<稲城新聞>

 62もの区市町村がある東京。担当記者が「編集長」になって一つの街を掘り下げる。

◆沿道にもぎたての梨並ぶまち

「幻の梨」とも呼ばれる希少な品種「稲城」

 稲城市は都内最大の梨の産地。夏から秋にかけ、沿道の農家の直売所にもぎたての梨が並ぶ光景は風物詩となっている。「幻の梨」とも呼ばれる希少な品種「稲城」を栽培する農家を訪ね、魅力を探った。
 「小枝の付け根から三個目か四個目の実を一つだけ残して大事に育てるんですよ」。原嶋英晃(ひであき)さん(54)が背丈ほどの棚に沿って剪定(せんてい)ばさみを動かすと、直径一センチ余りの青い実が次々と地面に落ちる。「立派な梨に育ってくれよ」。原嶋さんは枝先に残した実をいとおしそうに見つめた。

特産の梨「稲城」の畑で摘果作業をする稲城市の梨農家・原嶋英晃さん

 稲城市では八十四戸の農家が「稲城の梨生産組合」をつくり、計約三十六ヘクタールの畑で年間約七百六十トンの梨を栽培。住宅地に点在する梨畑は四月上旬、満開の花で真っ白に染まる。梵天(ぼんてん)棒と呼ばれる羽毛の付いた棒で授粉させ、一カ月ほどで無数の小さな実ができる。今は、その中から育てる実を選んで残す摘果作業の真っ盛り。
 幸水、豊水、あきづき、新高(にいたか)…。約百品種ある梨のうち、稲城市の農家が栽培するのは約二十品種。中でも地名から名付けられた「稲城」は特別な存在だ。産地は同市を中心とする多摩地域の一部のみ。市場にほとんど出回らず、農家の直売所で購入するか、宅配を依頼するしかない。幻の梨と呼ばれる理由だ。

◆「暑い日に食べると止まらなくなる」

 「ジューシーのひと言で片付けたくない」。「稲城」の魅力を尋ねると、原嶋さんは力を込めた。地元農家の進藤益延(ますのぶ)さん(故人)が昭和二十年代から三十年代にかけ、新高と八雲(やくも)を交配させてつくった。新高は皮が褐色で甘みが強い赤梨、八雲は黄緑色の皮と酸味が特徴の青梨に分類され、両者の良さを併せ持つ。進藤さんの努力の結晶を地域の農家が守り続けている。
 「しゃきっとした歯触りで、甘みの中に清涼感があり、さわやかさが口の中を駆け巡る。夏の暑い日に食べると止まらなくなるんですよ」。平均的な大きさはソフトボール大で重さは約七百グラム。一キロ超に育つこともあるという。
 市内の梨の栽培は江戸時代前期の元禄年間(一六八八〜一七〇四年)、京都に出掛けた代官が「淡雪」という品種の苗を持ち帰ったのが始まりとされる。明治期に一大産地へと成長した。原嶋さんは二十七歳の時、江戸時代から続く農家の後を継いだ。鳥取、埼玉など各地の農家を訪ね、専門家の講演を聞くなどして栽培技術に磨きを掛けた。「大切なのは土づくり。栽培方法も農家ごとに工夫を凝らしていて、同じ品種でも微妙に味が異なるんです。食べ比べると分かるかも」。原嶋さんはいたずらっぽく笑った。

◆稲城市

 人口9万2585人(4月1日現在)は多摩地域の26市のうち18番目。島しょ部を除く都内の自治体で唯一、東京消防庁に業務を委託せず、単独で消防本部を運営している。サッカーJ2東京ヴェルディの所在地。川崎市多摩区にまたがる遊園地「よみうりランド」は緊急事態宣言発令を受けて11日まで臨時休園中。

◆メカのまち、自転車のまち

★市は、市内在住のメカニックデザイナー大河原邦男さん(73)の協力を得て、大河原さんデザインのメカを生かしたまちづくりプロジェクトを進行中。JR稲城長沼駅前にアニメ「機動戦士ガンダム」に登場する「ガンダム」「シャア専用ザク」と「装甲騎兵ボトムズ」の「スコープドッグ」の計3体、JR南多摩駅前には「ヤッターマン」に登場する「ヤッターワン」の巨大モニュメントを設置した。稲城中央公園に新たなモニュメントを作る計画も。4カ所の鉄道の駅前にはメカをデザインしたマンホールふたがある。市のイメージキャラクター「稲城なしのすけ」も大河原さんが手掛けた。

JR稲城長沼駅前の「ガンダム」「シャア専用ザク」のモニュメント=(c)創通・サンライズ

★市内を通る都道「南多摩尾根幹線道」が東京五輪の自転車競技ロードレースのコースになるのに合わせ、市は「自転車のまち」をPR。今夏のオープンを目指し、稲城中央公園に自転車愛好家向けのサイクルカフェを整備している。

◆編集後記

 梨に注ぐ原嶋さんの情熱に心を打たれた。栽培技術に納得できた時期を問うと「今も勉強中です」。その姿勢を見習わなければと、はっとさせられた。
 新型コロナウイルスによる栽培への影響はないものの、恒例だった小学生の授粉体験はできないまま。畑に子どもたちの笑顔があふれる日が早く訪れるように願わずにはいられない。
 梨の収穫時期は品種で異なり、「稲城」は八月下旬から九月上旬が最盛期。
 問い合わせはJA東京みなみ稲城支店=電042(377)6002=へ。
 文・服部展和/写真・木口慎子
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 明日は北区に行きます!

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