泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》『銚電乗りに銚子へ行こう!(後編)』

2021年5月26日 12時01分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

一日乗車券を買って、銚子電鉄の旅


 銚電の観音駅の建物は仏教寺院風というわけではなく、キリスト教会のような姿をしている。平成年間に観光目的で改築されたらしいが、デザインの意図はよくわからない。当初、ここから乗ろうと思っていたが、あいにく数分前に外川とかわ行きは行ってしまった後で小1時間やってこない。山側のクネクネとした路地をスマホの位置情報をチラ見しながら歩いて、次の本銚子もとちょうしから乗ることにした。
 駅上に架かる小橋の上に差しかかったとき、ちょうど外川方向から上りの電車がやってきた。これは乗る方向ではないので、焦ることなくカメラを向けて撮影する。濃淡のブルーを昔の湘南電車風に塗装した車両(2000形)はひと昔前の京王線を走っていたものだ。木立ちのトンネルを行く銚電のショットが狙えるここは《撮り鉄》の人気スポットに違いない。

 本銚子――おもわずホンチョウシと読みたくなるが、これはモトチョウシ。とはいえホームの一角には<上り調子 本調子 京葉東和薬品>とダジャレめいたキャッチフレーズにスポンサー名を記した駅名表示板が立っている。銚電はこのように、「駅名愛称権」を地元企業などに売って採算をとっているようだ。
 しかしこのキャンペーン、ほどほどならばいいとして、次の笠上黒生かさがみくろはえの駅などは髪毛黒生というスポンサーの育毛剤メーカーにちなんだダジャレネームが従来の駅名を押しのけるように掲示されている。笠上黒生かさがみくろはえと言うローカル線らしい趣のある地名が安直なギャグフレーズに消されてしまうのは惜しい。本末転倒ってやつだ。
 なんて、銚電の観光戦略のセンスにはちょっと首を傾けるところもあるのだが、本銚子から乗った外川行き電車の車内風景はとても良かった。埼玉あたりから訪れたらしい老夫婦の隣にいた銚電ファンの若者が、先の「髪毛黒生」の名の意味や「ぬれ煎餅」「まずい棒」などの沿線名物について、ていねいに解説する声が聞こえてくる。

 「では、いい旅を」と若者は何かの映画の主人公になったかのように老夫婦に告げて、僕らと同じ犬吠で降りていったが、犬吠駅構内の大きなミヤゲ物屋の一角で「まずい棒」(味はうまい。経営状況がまずいらしい)をバカスカと何種類も買いまくっている姿がおかしかった。そう、沿線各所に変電所更新費用捻出のために製作をした銚電PR映画「電車を止めるな!のろいの6.4km」のポスターが貼り出されていたが、「まずい棒」はこの映画でも登場するらしい。

銚子のシンボルともいえる犬吠埼灯台

 沿線随一の観光スポットともいえる犬吠、つい犬吠崎と書きたくなるが町名も灯台も犬吠埼が正解。明治7年竣工の名灯台、99段の階段を上って高さ約30メートルの展望台まで上ることができる。99段は九十九里にちなんだそうだが、コレ、急でけっこうきつい。かつて照明灯に使っていた大型レンズや霧笛機器を保存した小屋もある。犬吠の地名由来は源頼朝の愛犬伝説が有名だが、霧笛室に鳴りひびくビューという少々不気味な吹鳴音を聞いていたら、犬が寂しそうに吠える声…が連想されてきた。
 犬吠から1駅乗ると、終点の外川とかわ。ここの駅舎は昔ながらの木造平屋のままで、ホーム先の線路止めの手前に赤黒カラーのデハ800形が動体保存されている。15年ほど前にきたときは、このデハ800やデハ1000形の赤黒車両が銚電の主力だったはずだが、もはや現役を退いたようだ。
 いかにも海辺のローカル線の終着駅風情の外川の駅を出て、漁村集落じみた道をちょっと歩くと、外川港に行きあたる。玉子焼…と記した寿司屋の電柱看板を見かけたけれど、そう、前にきたときは正月前の暮れの頃で、プリンみたいな甘い味つけのこのあたり特有の伊達巻を買った。周辺をぐるりと散歩してみたが、観光客相手の店はあまりない。引き返してくるとき、向こうにぽつんと見えた外川駅の遠景に旅情を感じた。
 帰路、銚子の1つ前の仲ノ町で降りて、この駅脇の操車場(といっても線路が3、4本枝分れしているだけ)を見ていくことにする。
 往年の京王線5000形を濃淡ブルーカラーに改装した3000形、<ピンクニュージンジャー号>のプレートを付けた2000形(本銚子で写真を撮ったのと同じ形だが、色はピンクとベージュで旧西武線っぽい)、そしてもう1両、赤に白帯の昔の丸ノ内線(サインモールがないので方南町支線っぽい)らしき車両が見受けられるが、これはかなり汚れているから廃車かもしれない。
 そうか、すぐ横はタンクが並ぶヤマサ醤油の工場だから、たぶんこの一角はヤマサの醤油を運搬する貨物線に使われていたのだろう。なるほど、金目鯛の煮付けといい、ぬれ煎餅といい、やはり銚子は醤油と密接に結びついた町なのだ。ちなみに、銚電名物のぬれ煎餅に使われているのは、ヤマサの「ぬれ煎餅専用醤油だれ」というものらしい。

★お話に出てきた銚子電鉄の定番土産


犬吠駅の売店で購入。赤の濃い口が定番となっており、他に青のうす口味、緑の甘口味があります。各450円(税込)


「マズいです!経営状況が…。」ということで作られたというまずい棒。商品開発をきっかけに、 「ピンクニュージンジャー号」の実現につながったようです。(公式サイトより)

※この記事は緊急事態宣言前の取材となります。



PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売される。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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