<社説>こどもの日に考える 風になれ、大人たち

2021年5月5日 07時39分
 愛知県知多半島の付け根に位置する大府市の「あいち健康の森」。毎週土曜日と日曜日の午前中、園内をめぐるジョギングコースを子どもたちが黙々と、でもどこか楽しげに、風を切って走っています。
 ランニングチーム「H・C・G」の仲間たち。Hは「HELPING EACH OTHER(助け合い)」、Cは「CHALLENGE(挑戦)」、そしてGは「GROWTH(成長)」−の頭文字。チームのめざすところです。

◆じゃあ、一緒に走ろうか

 主宰者兼ヘッドコーチの藤井輝(ひかる)さん(35)は、岩手県花巻市の生まれ。全国高校駅伝で、元マラソン日本代表の瀬古利彦さんと競い合ったという父親に背中を押されて、高校で陸上競技を始め、駒沢大学時代には四年連続で箱根駅伝に出場、一年生と四年生で二度の総合優勝を果たしています。
 主に復路の出だしの六区を走り、「山の神」ならぬ「山下りのエキスパート」と呼ばれた花形ランナーで、三年生の時には区間二位の記録を残しています。
 卒業後は実業団の名門「愛三工業」に入社して大府市へ。全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)や名岐駅伝、びわ湖毎日マラソンなどでも活躍しています。
 二十四歳のころに膝の手術を受けて伸び悩み、二十九歳で現役を引退。生産現場で働く傍ら、地元東浦町の委託を受けて、中学生の指導をするようになりました。
 その時の教え子の一人から「部活の時間を減らされちゃって、もの足らないよ」と相談を受け、「じゃあ、一緒に走ろうか」と、部活のない日に二人で走るようになったのが始まりでした。
 “二人三脚”で始めたチームは、いつの間にか保育園の年中さんから高校生まで約五十人に膨らんで、父母たちの姿もちらほらと交ざるようになりました。
 一回約二時間。「一緒に走る」が活動の基本です。ジョギングと坂道ダッシュで体を温め、一周六百メートルのコースを周回します。仕上げはリレーの練習です。藤井さんは伴走者として一緒に走り、子どもたちの様子を見ながら、ペース配分やフォームを指導します。
 おととしの暮れ、藤井さんは「陸上競技にかかわる仕事をしたい」と転職を決意して、マラソンの企画や運営を手掛ける会社から内定を取り付けました。
 子どもたちの指導を続けることができるよう、名古屋勤務を希望しました。ところが内示は東京勤務。望みはかなえてもらえませんでした。

◆彼らのそばにいたかった

 「あなたがつくったチームじゃないですか」
 子どもたちはもちろん、父母たちからも強く慰留され、悩んだ末に内定を辞退して、彼らと一緒に走り続けることを決めたのです。
 花巻で介護士をする母親に「あなたも、やってみれば」と勧められ、今度は母親に背中を押されて、大府市内の高齢者施設で働くことになりました。
 「彼らのそばにいてあげたかったというよりも、僕の方がそばにいたかった。離れることができなかったというのが本音じゃないのかな」。藤井さんは、そう打ち明けます。
 箱根路の険しい坂道を駆け抜けたランナーは、子どもたちを未来へ送る追い風になろうと決めました。
 四季をまたいで長引くコロナの季節。学校で、家庭で、子どもたちはさまざまなストレスを抱えています。でも「今は我慢」というしかない。
 最近、近所で、こいのぼりを見かけました。でも、無論、風がなかったからでしょうが、尾びれを垂れて、何だか元気のない姿。それが妙に印象に残って…。
 こんな時こそ、傍らにいて、風を吹かせる大人たちが必要なのだと思います。
 藤井さんは言いました。
 「箱根は下りもきつかった。下り坂に足が慣れると、平場でリズムが取りにくくなるんです。でも終わりのないレースはありません。ペースを守って走り続けていれば必ず、タスキをつなぐ仲間が待っている。ソーシャルディスタンスとか、大きな声を出せないとか、気遣わなければならないことも多いけど、コロナ禍の今ほど『H・C・G』−協力、挑戦、成長が、大切な時ってないと思うんです。ここに残って、本当によかったと思っています」

◆五月の空を気持ち良く

 ♪僕は風になろう/君の心の風車を/くるくる回す/やさしい風になろう…。河島英五「風になれ」
 大人たちよ、風になれ。子どもたちが気持ち良く五月の空を泳げるように−。
 そう願う、きょうこどもの日。

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