前橋城跡の大手門石垣出土 城主・酒井氏の権勢うかがわす

2021年5月5日 07時56分

出土した大手門の大きな石垣(前橋市提供)

 前橋市本町の工事現場から、江戸時代前期に徳川幕府重臣の酒井氏が城主だった当時とみられる前橋城跡にあった大手門の石垣が一部出土した。市教育委員会によると、大手門の石垣が出土したのは初めて。正門に当たる大手門にふさわしい立派な石垣で、酒井氏の権勢をうかがわせるという。今回の発掘調査に合わせ、出土品などを展示する企画展が同市粕川町の市粕川歴史民俗資料館で開かれている。 (菅原洋)
 前橋城は戦国時代、後の上杉謙信や、織田信長の家臣・滝川一益らが入城したと伝わる利根川を天然の要害にした平城。江戸時代も幕府から重視され、徳川一門の松平氏なども治めた。
 石垣は一月下旬、県庁舎がある本丸から東へ約五百メートルで、中心商店街に近い本町一丁目交差点の南西で出土。工事現場の地下約一・五メートルから、上下二段以上に重なったとみられる複数の石が確認された。一部は横方向へ折れ曲がるように積んであった。
 積まれた石一つの大きさは幅約百十センチ、高さ約八十センチなど。城絵図などから、大手門の石垣とみられる。大手門は南を向き、石垣の南側は堀に面して中から大量の瓦や木片も出土した。
 前橋城跡の遺構は県庁などに土塁の一部が残るが、石垣は少ない。酒井氏時代までにできた車橋門跡(市指定史跡)でも石垣が一部残存しているが、石の大きさは大手門の方が上回ると分かり、正門の格式を示すという。
 工事現場はマンションなどのビルを建設しており、石垣は既に埋め戻された。市教委は今後一部を見学できるように検討する。

石垣の大きさが分かる拓本(左)と、城絵図(右)=いずれも同市で

 市教委文化財保護課の小島純一さんは「出土した大手門の石垣は一六〇〇年代半ばまでに積まれ、酒井忠清の時代ではないか。忠清の権勢をしのばせる石垣」とみている。
 酒井忠清(一六二四〜八一年)は四代将軍家綱などに仕えて、最高職「大老」に就いて幕府の実権を握り、屋敷の場所にちなんで「下馬将軍」と呼ばれた。
 企画展「前橋城大手門現る−発掘された前橋城」は九月五日まで。出土した瓦約二十点の他、石垣の大きさが実感できる拓本、発掘現場の写真、市重要文化財を含む前橋城の絵図など十数点が並ぶ。観覧無料。開館は午前十時〜午後四時。原則月曜・火曜休館(祝日は開館)。

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