バイデン大統領が積極的に取り組む「核なき世界」実現 その熱意の背景とは

2021年5月11日 12時00分

2015年9月、米ワシントンで、議事堂のバルコニーから手を振るローマ教皇フランシスコ(右)とバイデン副大統領(当時)=ゲッティ・共同

 バイデン政権発足以降、「米中新冷戦」の様相はますます強まっている。バイデン大統領は中国との経済、軍事での長期間の競争を勝ち抜くとの決意を事あるごとに表明している。だが同時に、全く異なる種類のメッセージも発している。政権として核の軍備管理、つまり「核軍縮に取り組む」との意欲だ。「核なき世界」に向けたバイデン氏の熱意の背景には何があるのか。(アメリカ総局・金杉貴雄)

◆政権発足翌日から表れた意欲

 政権発足翌日の1月21日。バイデン氏の核軍縮への意欲が早くも表れたのが、米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の5年延長表明だった。トランプ前政権で中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効したのに続き存続が危ぶまれたが、バイデン氏は翌月の期限切れを前に、条約に基づく最大限の延長幅を迷わず選択したのだ。
 ロシアのプーチン大統領には、親近感を隠さなかったトランプ前大統領と異なり、人権問題などで厳しい姿勢を示し制裁を強化し「プーチン氏は人殺しだと思うか」との問いに肯定さえして圧力をかけている。だが、核軍縮問題では「われわれは協力できる」と秋波も送っている。
 米国自身の核兵器についても、見直しの取り組みを始めている。ほとんど注目されなかったが、中国対抗を強く打ち出した3月の日米外務・防衛担当閣僚の「2プラス2」協議で来日したバイデン氏側近のブリンケン国務長官は、抑止力維持とともに核兵器への依存を減らすためとして、新たな核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」策定を近く始めると記者会見で明らかにしている。

◆「役割低減」から理想に近づく

 米国を立て直し、中国やロシアなどの権威主義国家への対抗を強く打ち出しているバイデン氏。一方で、昨年の大統領選では、核軍縮に取り組むことも公約に盛り込んだ。
 核廃絶は一足飛びに進まない。現実を踏まえつつ主張しているのが「米国の核兵器の役割低減」だ。全体的な抑止力を維持する中でも核兵器が果たす役割を減らしていくことで核への依存をなくし、核廃絶の理想に近づけようとの考えだ。
 2016年当時のオバマ政権が検討した「核の先制不使用政策」も核兵器の役割を低減させる方法の一つだ。「核攻撃を受けない限り先に核を使用しない」と宣言するもので、偶発的な核使用の危険を減らすとともに、他国への脅威を減らし核軍縮を進めやすくなるなどの効果が指摘されている。ただ、オバマ政権は最終的に先制不使用の宣言を断念している。
 バイデン氏の意向を受け、米政権は今年3月3日に公表した国家安全保障戦略の暫定指針に「核兵器の役割低減の措置を取る」と明記した。

◆核廃絶を訴えるローマ教皇フランシスコとの親交

 世界の安全保障の環境は改善するどころか、中国の軍拡を受け2020年は世界の軍事費は過去最高水準に達するなど、厳しさを増している。そんな中でも「核なき世界」に近づこうとするバイデン氏の熱意はどこからくるのか。

2016年5月27日、広島市の平和記念公園で演説するオバマ米大統領。「核なき世界」のビジョンを模索し続けた。左は安倍晋三首相

 一つはオバマ政権で8年間にわたり副大統領を務めた責任感かもしれない。オバマ氏は核なき世界を訴え、米大統領として初めて被爆地広島も訪問したが、高い理想ほどには核兵器の削減が進むことはなかった。
 「バイデン氏個人の宗教的な背景が影響しているのではないか」との見方もある。バイデン氏は多忙でも毎週教会に通う敬虔なキリスト教カトリックの信者として知られる。カトリックの大統領は、米国史の中でもジョン・F・ケネディに次いで2人目だ。
 子供を含め市民が大量に殺りくされる恐れのある最悪の非人道兵器である核兵器に対し、宗教観に基づく道徳的な強い思いが根底にあるとの指摘だ。

広島に原爆を投下した爆撃機エノラ・ゲイから投下直後に撮影されたきのこ雲=米国立公文書館所蔵・共同

 ある日本政府関係者は「カトリックのトップ、ローマ教皇フランシスコと親しいことも大きいのでは」と推し量る。教皇フランシスコは核兵器の非道徳性を非難し、2019年に被爆地長崎を訪問した際には使用だけでなく保有することも「倫理に反する」と批判。原発さえも利用すべきではないと訴えた。
 カトリック信者のバイデン氏は副大統領だった2013年、教皇の就任式に米国を代表して出席。15年にも訪米した教皇と交流を深めた。
 トランプ氏については「キリスト教徒ではない」と発言するなど批判的だった教皇は、バイデン氏の大統領就任に「あなたの指導のもと、米国民が高邁な政治的、倫理的、宗教的価値観から力を得続けるように」とメッセージを送り期待を示した。バイデン政権は人権を重視した外交を展開している。

◆日本は「橋渡し役」と言えるのか

 バイデン氏が核軍縮を目指しても、国内外で反対や懸念があり、簡単には進みそうもないことも事実だ。
 そんな中、オバマ政権が核兵器の先制不使用宣言を断念したのは、日本政府の反対が最大の要因だったと、当時、国務省の核不拡散担当だったカントリーマン元国務次官補が本紙の取材に明らかにした。対中抑止力が低下するとの懸念が反対理由だったという。

会談に臨む菅首相(左)とバイデン米大統領=16日、ワシントンのホワイトハウス(首相官邸のツイッターより)

 日本政府は唯一の被爆国として核廃絶を訴える一方、中国や北朝鮮を念頭に米国の核抑止力は現状で不可欠とし、核禁条約にも不参加という複雑な立場だ。
 近年は核保有国と非保有国との間を取り持つ「橋渡し役」を自認している。だが実態はどうか。「核抑止」ばかりを一方的に重視し、核軍縮に一歩近づこうとした米国の背中を後押しするどころか、水面下で押し止めていたという。果たしてこれで「橋渡し役」と言えるのか。
 当時の米国はオバマ政権末期で、性急に進めようとしすぎたのかもしれない。そう考えれば米国が再び政権交代した今度こそ、日本は核軍縮の流れをともに主導するチャンスだ。
 バイデン氏は「先制不使用」に対する拒否反応を考慮し、米国の核兵器は核攻撃の抑止と反撃を「唯一の目的」とすべきだとの考えを示している。この考えは先制不使用とほぼ同じ効果があると指摘されている。
 バイデン政権は核兵器の役割を低減させても、同盟国への抑止力は十分維持するとの立場だ。確かに中国の軍拡への懸念はあるが、その中国は5大核保有国で唯一、核の先制不使用を宣言している。
 核軍拡競争が加速していけば、国民の命の危機は高まる。日本政府はバイデン政権発足を受け、気候変動対策で温室効果ガス排出削減目標を大幅に引き上げるなど、米国の政策に合わせ方針を大きく転換させる柔軟性もある。安全保障でも核依存と核抑止力論一辺倒でなく、バイデン政権と意思疎通を高め、米国が核軍縮を進める環境を率先してつくってほしい。

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