「暮し」のファシズム 戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた 大塚英志著

2021年5月9日 07時00分

◆コロナ禍に忍び込む思想統制
[評]中沢けい(作家)

 松山市内での聖火リレーの中止を決めた中村愛媛県知事が涙ながらに陳謝した。異常な光景だ。「五輪中止」の四文字はメディアではタブーになっているという話も聞く。これも異常だ。そして異常に狎(な)れた社会がある。
 一九七〇年代、日本各地の高校や中学校で頭髪自由化、制帽廃止、制服廃止の運動が活発に行われた。それから半世紀、服装という私生活を大きく制限するブラック校則と呼ばれるものは横行している。ひどいところでは女子生徒の下着の色まで校則で定め、教員がチェックしていると報じられている。ハレンチな話で、いったいいつからそんなことになったのかと驚く。どうやら日常生活の思想統制は、コロナ禍発生以前から静かに進行していたようだ。
 本書では日常生活の価値観を統制する行為を「女文字のファシズム」と呼ぶ。勇ましい戦意高揚の宣伝が「男文字」であることに対して日常生活に忍び込む統制を「女文字」と呼ぶ。戦時下で提唱された新生活はコロナ禍で行政が言い出す内容と似ていると指摘する。それはなぜなのかという疑問が戦時下の女性雑誌の記事などを分析させる。
 広告宣伝の技術が戦争遂行のために活用されたことはよく知られているが戦意高揚の「男文字」の世界に対して日常生活の「女文字」の世界でも使われていたことを指摘する。「コロナとの闘い」と言った戦闘の比喩が用いられることも指摘される。中国の作家が「感染症について戦争の比喩を用いるべきではない」としていたことが想起される。戦争の比喩を用いれば、社会に不必要な対立構造が呼び出されるからだ。
 朝鮮半島有事が唱えられたのは三年ほど前だ。現在は台湾海峡有事が囁(ささや)かれる。果たして日常生活の統制の向こうに待っているのは戦争なのだろうか? それともまだ我々が知らない新しいタイプの危機なのか? 全体主義というものが日常の中へ忍び込むリポートを読みながら、現在の身近な危機であるコロナ禍の向こうで待ち構えているものについて想像を巡らした。
(筑摩選書・1980円)
1958年生まれ。批評家。国際日本文化研究センター教授。『感情化する社会』など。

◆もう1冊 

半藤一利著『B面昭和史』(平凡社ライブラリー)。庶民視点の昭和戦前史。

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