文春の流儀 木俣正剛著

2021年5月9日 07時00分

◆普通人の感覚保ち書く
[評]出久根達郎(作家)

 テレビのニュースがしきりに、週刊文春によると、と連呼する。どうやらスクープの発信元らしい。事の詳細を知りたい。くだんの週刊誌を購読することになる。
 政界や芸能界その他の、知られざる事実をあばく。その威力と衝撃の大きさを、人は「文春砲」と呼ぶ。これは攻撃された側の呼称だろう。
 砲ではない。ペンの戦いだと言うのは、『文藝春秋』『週刊文春』編集長を務めた著者である。人を倒すために書くのでなく、読者に人を判断してもらうため記事にするのだ、という。「文春砲」なる異名は好かない、と明言する著者が語るのは、文藝春秋という出版社の社風であり実態である。
 一九七八年に大学を卒業し入社した。二年目に『週刊文春』編集部に配属された。当時は社員編集者がいやがる職場だった。なぜか。
 その理由を著者は身をもって知ることになる。本書の前半は、著者の週刊誌時代の奮闘ぶりがつづられている。その頃はコピー機はあったが、ファクスはない。地方から原稿を送る時は、文章を読みあげる。写真の場合は空港に駆けつけて、週刊文春を掲げながら、東京行きの客を探す。週刊誌を手伝って下さる人はいませんか、と大声で呼びかけ、声がかかるとフィルムを託す。羽田空港に迎えがいるから渡してほしいと頼む。海外取材でも同様。快く引き受けてくれる客が、必ずいた。「まだマスコミに人が優しい時代でした」
 我々の記憶にある怪事件の裏話と、取材秘話。編集長時代は、優秀な契約女性記者たちの武勇伝を、実名で紹介している。繁忙な日々の中で著者は、普通人の生活感覚だけは失うまいと自戒する。その感覚で記事を書く。カバンの中に、必ず便箋と封筒を入れておく。取材依頼の手紙を書くためである。俳優の高倉健は、手書きの手紙しか読まなかった。これが「文春の流儀」である。
 そういえば評者も、文章を書きだした頃、文春の編集者に二十枚余の手紙をいただいたっけ。
(中央公論新社・1980円)
1955年生まれ。2018年に文芸春秋を退社し、現在は岐阜女子大副学長。

◆もう1冊 

高橋一清著『芥川賞直木賞秘話』(青志社)

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