残したい 芝公園の景観 名店フレンチ・クレッセント 閉店、解体へ 隣り合う「西洋」と「江戸」

2021年5月12日 06時59分

高級フランス料理店として営業していた当時の「クレッセント」(石黒貴子さん提供)

 東京タワーのふもと、港区・芝公園の緑に面した通りに瀟洒(しょうしゃ)な赤れんがの洋館がある。コロナ禍の影響で、昨年秋に閉店した高級フランス料理店「クレッセント」の店舗跡だ。解体が計画され、住民たちは街のシンボルとなってきた景観の消失を惜しむ。
 三角形のとんがり屋根が載るこの五階建ての建物は、一九六八年に完成した。アーチ形の窓や、装飾的なフェンスで囲まれたバルコニーが印象的だ。設計者は、葉山御用邸などを手掛けた建築家の故平島二郎さん。十九世紀の英国で流行した後期ビクトリアン様式を取り入れた。

「クレッセント」内部(石黒貴子さん提供)

 歴史は戦争の傷痕が残る四七年にさかのぼる。戦後日本の西洋古美術商の草分けとして知られた故石黒孝次郎さんが、この地に古美術店「三日月」を創業した。店は五七年、英語で三日月を意味する「クレッセント」という名のレストランとなり、その後の増改築で現在の建物になった。
 店内に飾られた美術品や絵画、家具、照明は、この建物のために石黒さんが集めた。店は政財界人の社交場として知られた。吉田茂元首相も訪れ、小泉純一郎元首相らが会食に使った。作家の三島由紀夫や松本清張も顧客だった。
 ミシュランガイドの二つ星も獲得していたが、コロナ禍で客足が減り、昨年十月、惜しまれつつ閉店した。石黒さんが亡くなった後、タクシー会社が所有していた土地と建物は、大手不動産会社が取得し、ビルの新築を計画している。

閉店した「クレッセント」。=港区で

 計画は地域に波紋を広げている。すぐ隣には、江戸時代に造られ、国登録有形文化財になっている寺院・広度院の練塀(ねりべい)がある。優雅な洋館と、江戸の粋を感じさせる練塀が隣り合い「クレッセントと練塀は芝公園地区の景観を育んできた」と、広度院の西城千珠副住職(50)は話す。

閉店した「クレッセント」。右は広度院。江戸時代に造られた練塀が続く=港区で

 今年二月、副住職や檀家(だんか)、住民らは、洋館の保存と練塀の破損防止を求める署名運動を始めた。約一千人分が集まり、港区に提出した。土と瓦を積み重ねた練塀は洋館に近接している。塀の内部に心棒などがなく、西城さんらは解体工事による振動で壊れないかと心配している。このため、二月ごろに始まる予定だった解体工事はいったん延期された。
 石黒さんの孫、貴子さん(43)は「祖父が建築としてもインテリアとしても、こだわり抜いた建物。残したい人がアイデアを出し合い、不動産会社も利益を出しながら保存する方法が見つけられないか」と語る。
 オードリー・ヘプバーン主演の映画「おしゃれ泥棒」に、主人公が自宅のクローゼットの奥から、らせん階段を通って贋作(がんさく)画家の父の隠し部屋に行くシーンがある。この映画が好きだった石黒さんは、本棚の隠し扉から、らせん階段で社長室に行ける仕掛けを作っていたそうだ。
 港区幹部も「文化財の練塀の破損はあってはならない。住民の要望なので、建物の活用方法についても検討したい」と話している。ただ、都心の一等地だけに、区が取得するとなると高額な予算が必要で「区民が望むかどうか」と慎重にならざるを得ない。
 政財界の社交場として歴史を見つめてきた洋館は、残せるのか。不動産会社の広報担当者は取材に「練塀への地元の不安に丁寧に応じるため、解体を中断している。建物は、開発事業について売り主の同意を得た上で取得した。理解してほしい」と回答した。
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧